骨董品店の夜

ハルカ

蓄音機、語る

「この店で一番古いのは、どなたですか?」


 わたくしにそう尋ねたのは、昨日このお店に来たばかりの新しい方でした。

 ここへ来る方は、みんな同じことが気になるようです。

 かくいうわたくしも、来たばかりの頃には同じことを尋ねたものでした。


「そうですね。まず、わたくしは88歳なので、この店ではかなりです」

「――ということは、1934年製ですか。でも僕は1967年製なので、あなたのほうがずいぶん年上ですよ」


 600型電話機――通称「黒電話」さんは礼儀正しい様子でそうおっしゃいました。

 わたくしたちが話していると、棚の高いところから声がかかりました。


「ねぇ、蓄音機さん。あたしのことも紹介してくださらない?」


 そうおっしゃったのは、肌艶が良く赤いドレスを着せられた人形でした。

「もちろんですとも。黒電話さん、彼女はセルロイド人形さんです。たしか、100歳ほどでしたか」

「108歳よ」


 彼女はツンとした声音で訂正しました。

 わたくしたちは古いほど価値があるとされているので、年齢を実際よりも下に見てしまうのは悪いことなのです。


「たいへん失礼いたしました」

「お気をつけあそばせ」


 その様子を見ていたのか、壁際から声がかかりました。

「威張るなよ、人形め」


 淡々とした口調で言い放ったのは、アンティークの振り子時計さんでした。

 彼はドイツ製で、骨董的価値が高いのはもちろん、ため息が出るような美しい造りも自慢で、そのためプライドも高いのです。


「そちらこそ口を挟まないでちょうだい。あたしよりほんの2年古いだけで年上面されたらたまったものじゃないわ」


 製造年が近いのだから仲良くすればいいのに、人形さんと時計さんはいつもこうして喧嘩をしているのです。


「まあまあ、おふたりさん。そう喧嘩しなさんな」

 なだめるような穏やかな口調で言ったのは根付ねつけさんでした。

 わたくしは渡りに船とばかりに話題を変えます。


「根付さんはたしか350年ほど前に製造されたのですよね」

「おおよそはな。実際にはもう少しあとさ」

「なんと、江戸時代ですか!」

 黒電話さんが驚くと、根付さんは照れたように答えました。

「なんのなんの。それくらいで驚いてちゃいけねぇよ。そうだ蓄音機さんよ、あの爺さんの年齢を教えてやったらどうだい」


 根付さんが示した先には、この骨董品店の中央に置かれた古めかしいテーブルがありました。しかし当の本品ほんにんはのんびり寝ているらしく、実に静かなものです。

 それでも黒電話さんは興味深そうにじっと彼を見つめました。


「ずいぶん大きなテーブルですねえ。いったい何年前に作られたのですか?」

「たしか20年ほど前と聞いています」

「えっ、20年?」


 黒電話さんの驚いた声に目を覚ましたのか、テーブルさんがふにゃふにゃと呟きました。


「さよう、たしかにこの形になったのはほんの20年ほど前のことじゃ。しかし、ワシはもともと樹齢1000年の木であった。つまり1000歳と言うこともできるじゃろう」

「1000年前の木ですって!? それはすごい!」

「ふぉふぉ」


 テーブルさんは愉快そうに笑いました。

 そのとき、お店のカウンターの上に乱雑に置かれた小さな標本箱から声がしました。


「おいおい。そういうことなら俺を忘れないでくれ」

「どなたです?」

「俺は5億年まえの三葉虫の化石、の標本さ」

「ご、5億年前ですって!?」


 黒電話さんはすっかり興奮した様子で標本さんに熱い視線を注ぎます。

 そして、ふと尋ねました。


「では、もうひとつお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ。どうぞ」

「この店で一番新しいのは、どなたですか?」


 すると、一瞬の沈黙のあと、みんなは口々に言いました。


「ああ、それはあいつだな」

「あの子だよね」

「うんうん。違いない」


 いったい誰だろう、と不思議そうに黒電話さんがお店の中を見回します。

 わたくしはカウンターの奥を指し、答えました。


「ほら、いつもそこに座っている彼ですよ。大学を卒業してすぐ、右も左もわからないままこの店を継いだ、先代の店主の孫です」

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骨董品店の夜 ハルカ @haruka_s

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