不死の王と最後の晩餐

くらんく

呪いとご馳走

「妾の墓を荒らす賊如きに後れを取るとは……」


 不死の王が根城とする地下神殿。

 長い戦いが終わり、遂に最後の時を迎えようとしている。


「貴様は絶対に許さんぞ……!」


 力尽き果て、塵と化していく女帝。

 あるいは不死の王と呼ぶべきか。

 彼女が青白い炎に包まれていく。

 俺は荒い息と共にそれをただ見ていた。


「呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!」


 怨嗟の声が神殿に響き渡る。

 だがこれで終わったのだ。

 目的は達成した。

 やっと妹を助けられる。


 不治の病に冒された10歳の妹。

 彼女を救うためにはどうしても必要だったのだ。

 それはアンデッドキングの秘宝。

 どんな病気も治すことができる聖水だ。


 それを手に入れるために俺は旅に出た。

 二人の友がそれを手助けしてくれた。

 正義感溢れるリンとしっかり者のソーニャ。

 二人はこの旅で恋人になった。

 元の街に戻ったら結婚するそうだ。


「さあ、こんな所とっとと出ようぜ!」


 薄暗い神殿は揺らめく炎に照らされており不気味だ。

 早く外に出たいという気持ちはわかる。

 だがそれよりも俺を不快にしたのは耳障りな声だった。


 それがリンの発したものだとは理解できる。

 しかし、俺の耳にはノイズがかった不協和音のように聞こえた。

 何かの間違いではないかと友の姿を確認する。


 するとそこには醜い姿の化け物が立っていたのだ。


「どうしたんだよ」


 その言葉は明らかに親友のものだ。

 だが俺の体が彼を拒絶する。

 その姿は腐った死体のようで蛆が湧いている。

 俺は吐き気を我慢するので必死だった。


 信じたくない現実から目を背けようとソーニャに視線を向ける。

 だが彼女もまた腐乱臭漂う肉塊に姿を変えていた。

 

 これはなんだ。

 何が起きている。

 頭の中を必死で掻き回し一つの可能性を見つけた。


 呪いだ。

 不死の王の呪い。

 彼女が死の間際に放った最後の力が俺に悪夢を見せている。


 そう思った俺は、目の前にいる二人の異形へと説明をした。

 見るのも憚られるほど醜い姿の友人と話すのさえも苦痛であった。


 だが彼らの反応は至って普通のもので、

 呪いにかかっているのは俺だけだと分かった。


 俺たちは街に帰ることにした。

 それは妹を助けるため。

 そして呪いを解く方法を探るためだ。


 神殿を出ても呪いは変わらなかった。

 街に着くと地獄の扉を叩いたように、

 様々な異形が闊歩していて見るに堪えない状況だった。


 家に着き、8つ年の離れた最愛の妹を前にして俺は泣き崩れた。

 もうあの愛らしい姿を見ることはできないのだと。

 もう二度と彼女の笑顔を拝むことはないのだと感じたのだ。


 彼女に薬を飲ませると醜いそれを抱きしめた。

 俺はもうここで暮らすことはできない。

 きっとこれが最後の抱擁なのだろう。


 友の協力で森の奥で暮らすことになった。

 近くには誰もいない人里離れた土地。

 自給自足の生活。

 慣れない事は多くあったが人と会うよりは気が楽だった。


 連絡は手紙で、郵便受けは森の中ほどに設置した。

 誰にもこの場所を知られたくなかった。


 ただ一人、森の奥で時間を無為に過ごしている。

 時間の感覚が狂っていくのがわかる。

 一日が長いのか短いのか、それすらも曖昧になっていく。


 そんなある日のこと。

 俺はに出会った。


 彼女は人の姿をしていた。

 そんなことはいつぶりだろうか。

 喜びで心が躍る。


 そして彼女は本当に美しかった。

 墨汁を垂らしたような黒く長い髪は艶やかで、

 真っ新な半紙のような肌に溶け込んでいた。


 運命だと思った。

 久々の会話に花が咲く。

 彼女は旅の行商人だという。

 華奢な体で荷車を引いていた。


 さらにもう一つ不思議なことがあった。

 呪いを受けてから食事を必要としなくなっていたが、

 彼女の荷車に乗った肉があまりにも食欲を掻き立てるのだ。


 それならと彼女が言って、食事を共にすることにした。

 彼女が腕によりをかけたご馳走は言葉にできない程だった。

 

 食事中にふと物思いに耽った。

 昔もこうして食卓を囲んだな、と。

 父が早くに亡くなり、家計を支えるために剣をとった。

 剣の師匠の家に泊まり込み、よく二人で食事をしていたものだ。

 とても懐かしい記憶だ。

 

 その日彼女と一夜を共にした。

 運命的な出会いに突き動かされ、

 彼女と一生を共にしたいと思った。

 彼女もまたそれを望んだ。


 二人の生活が始まった。

 だが、また腹が空かなくなった。


 数年経っても呪いは解けそうもない。

 だが彼女がそばにいる。

 今はそれだけでよかった。


 友からの手紙の頻度は低くなったが続いてはいた。

 一年、また一年と過ぎるごとに間が広がっていく。

 彼らは結婚して子供も生まれたらしい。

 手紙の内容は成長の報告になっていった。


 10年経ったある日、空腹を感じた。

 名をシレーネという彼女はそれを聞くと、

 嬉しそうな顔でご馳走を作ると言った。

 その夜、街で手に入れた肉で盛大な晩餐会を開いた。

 たった二人の晩餐会だ。


 その時に母の顔を思い出した。

 女手一つで俺と妹を育てた母。

 母の手料理も絶品だったことは忘れられない。

 もう一度母の料理を口にすることはきっと無いだろう。

 それが残念でならない。

 妹を助けたあの日から母には会っていないが、

 母は元気にしているだろうか。

 

 満腹感を得た後、またしばらく食事を必要としなかった。


 さらに10年経って、再び腹が減った。

 シレーネはまたも喜んで手料理を振舞った。


 今度は故郷の幼馴染を思い出した。

 かつて将来を誓い合った彼女はどうしているだろうか。

 街を出るときに別れの手紙を残してきた。

 きっと彼女も素敵な人と巡り会っているはずだ。

 俺にとってのシレーネのように。


 手紙が届いた。

 どうやら妹が結婚して子供も生まれたそうだ。

 俺は涙を流して喜んだ。


 10年の間が空き、空腹が訪れた。

 そしてまたご馳走に舌鼓を打った。


 今度は妹、シオンのことを思い出した。

 父が亡くなり、年の離れた彼女のために父親のように振舞った。

 理想の兄であろうとし続け、剣に打ち込みそれなりの名声は手にした。

 全ては病気の彼女のため。

 最終的には不死の王の聖水を求めてこの有様だが、

 妹を救えたのならば後悔は無いと言える。


 手紙が届いた。

 妹が亡くなったらしい。

 強盗にあったそうだが死体が見つからない。

 10歳になる息子は友が育てるそうだ。

 俺は涙が枯れるまで泣き続けた。


 10年後、食事の時間がきた。

 この時のために今を生きていると言ってもいい。


 この日は友人のリンを想起した。

 共に旅をした仲間であり親友である男だ。

 虫の知らせというのだろうか。

 嫌な胸騒ぎがした。

 

 それからぱったりと手紙が届かなくなった。


 10年経った。

 満腹感を得なければ死んでしまいそうだ。

 俺は晩餐を心の底から楽しんだ。


 そしてソーニャのことを思い出した。

 リンが死に、妻である彼女はどうしているだろうか。

 もう長いこと姿を見ていない。


 久しぶりに手紙が届いた。

 リンとソーニャの息子、ロズアンからだった。


 10年前にリンが。そして最近になってソーニャが失踪した。

 死体は見つかっていないが何か知らないか。

 そういう内容だった。

 

 突然のことに驚き悲しんだが何も知らない。

 俺は返事をそっと郵便受けに置いておいた。

 その後、何度かロズアンと手紙のやり取りをした。

 二人の思い出話に筆がすすんだ。

 

 リンガ亡くなってから手紙を運ぶ人がいなかったらしい。

 今は彼が森まで来てくれているそうだ。


 それから10年。

 食事中にロズアンのことが頭に浮かぶ。

 顔も見たことが無いが、息子のように思っていた。

 そして、手紙が届かなくなった。


 さらに10年経った。

 88歳になっても肉が食べたかった。

 時が経っても二人の容姿は変わらない。

 これもきっと呪いのせいだろう。


 彼女が街へ行き、荷車に食料を乗せて帰ってきた。

 いつものように荷下ろしを手伝おうとすると、

 ツンとした匂いが鼻孔を貫いた。


 言いようのない腐乱臭が立ち込める。

 荷車に乗っているのは美味しそうな肉ではない。

 蛆の湧いた肉塊だった。


 それは久々に見た光景。醜い異形。腐った肉塊。

 つまり、生きた人間だった。


「どうしたの?」


 俺に問いかけるシレーネの胸を銀の刃が貫いた。

 その場に崩れ落ちる彼女と固まる俺。


 対面しているのは荷車から起き上がった肉塊だった。

 ノイズ交じりの雑音が鼓膜を震わせる。


「漸く見つけたぞ。私の母シオンと、恩人であるリン、ソーニャ、ロズアンの仇」


 男は確かにそう言った。

 自分はシオンの息子だと。

 最愛の妹の息子であると。


「私の名はバロック。お前を殺しに来た」


 その名は確かに妹の息子の名だった。

 年齢はもう50歳になるはずだ。

 俺にはその姿が分からない。

 判断することができない。


 彼が振るう剣に反射的に抵抗する。

 彼は力強く打ち込みながら言葉を吐き出す。


「お前は10年に一度大切な人を攫い、食い殺す怪物だ。ロズアンの手紙で得た情報とここに私が運ばれたのが何よりの証拠」


 彼の剣が心臓を貫き、どす黒い血液が流れだす。


「仇はとったよ。母さん……」


 彼の表情が崩れたその時、

 俺の体をもう一つの刃が貫いた。

 その刃は俺を通り抜け、

 その先のバロックの喉元を切り裂いた。


 シレーネ、彼女だった。

 彼女のか細い両腕が1本の剣で二人の男を突き刺している。

 

 俺はあまりの出来事に放心していたが、

 彼女のわずかな言葉で全てを理解した。

 俺は初めから手の平の上で踊らされていただけなのだ。


「妾との生活は楽しめたか?」

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不死の王と最後の晩餐 くらんく @okclank

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