梓すみれ

第1話

この向こう側に、どうやったら行けるだろうか。


3月。この間まで寒かったのが嘘のようにあったかくなって、春のにおいがする。


新しく買った白いワンピース、ピンクに塗ったつめ、お気に入りの淡い色のスニーカー。

カメラを首から下げて、私はあてもなく散歩をした。


制服やジャージに身を包んだ、中高生が友達と楽しそうに帰っている。公園では小学生が走り回って笑っている。

梅の花が脇道に咲いている。雲がない空が広がっている。


大きく息を吸い込んだ。


おさめたい。この景色全部。

私の好きなもの、全部。


大学3年、3月。友達はみんな就活をとっくに始めてて、ふとインスタをひらけば、ストーリーを上げているのは後輩ばかり。


何も決まっていない。何もしていない。

現実逃避だ、そんなことをしている場合ではない、ちゃんとしなさい。


毎日のように言われている、当たり前だ。


この向こう側に、どうやったら行けるだろうか。


高校生の時、お金を貯めて買った、ひとつ型落ちのミラーレスカメラ。

容量が足りないと言われて、昔撮った写真を消していないことに気づいた。


いちまい、いちまい。

そこには高校生の頃の生活がたくさんあった。部活でふざけてる写真、修学旅行で動物にびびって1人離れたところから撮った写真、文化祭で友達カップルに挟まれて撮った写真、遊園地に遊びに行ってはしゃいでポーズを決めている写真、クリスマスに教室でケーキを食べてる写真、受験前にミスドで決起回という名の人狼ゲームをした写真。

どれも、みんなのキラキラした笑顔があって、大好きな人たちがそこにいた。


消そうと思ったはずなのに、ついつい見入ってしまい。近くの公園のベンチに座った。

結局数枚しか消せなくて、全然容量は増やせなかった。


フェンスで囲まれた脇道の梅の花が風に吹かれて花びらを散らしている。

もう春だ。もうすぐ桜も咲くのだろうか。


私だけが、春に置いて行かれたみたいだ。

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梓すみれ @azusa-sumire

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