打ちあわせの後で

福守りん

打ちあわせの後で

「てっちゃん。今日、時間ある?」

「あるけど。なに?」

「さっきまで、担当さんと、打ちあわせしとったんやけど。

 煮つまってしもた」

「俺と会っても、解決しないだろ」

「や。そんなことは、ない」

「どうかな。どこに行けばいい?」

「おれが、てっちゃんちに行くわ。夜勤だったりする?」

「ない。明日は日勤」

「そしたら、ビール持ってくわ」

「いいよ。そんなの」

「今すぐ、行ってもええ?」

「うん」


 てっちゃんちは、こじゃれたマンションだ。

 四階建てで、二階の角部屋に住んでいる。たぶん、家賃は高い。かなり。

「おじゃましまーす」

「いらっしゃい」

 てっちゃんがお医者さんになってから、もう三年が経つ。

 おれは三年の間に、かけだしの漫画家から、そこそこ仕事がもらえる漫画家に変わっていた。

「ビール」

「いいのに。わざわざ。ありがとうな」

 花柄のエコバッグごと渡した。

「もう飲む?」

「ええの? そしたら、一本ちょうだい」

「ほら」

 エコバッグから、一本出して、おれにくれた。おれが、近くの酒屋さんで買ってきたビールだけど。


「で? 何が、どう煮つまったんだ」

「それや。『出会いと別れ』をテーマに、短編を描けって言われてん。

 せやけどな、ざっくりしすぎとって……」

「いくらでも、描けそうだけどな。田村だったら」

「そうでもない。ページ数が、八しかあらへん。

 出会うところまでしか、描けへん気がするー」

「別れさせろ。どんな手を使ってでも」

「……それな。別れさせるために出会わせるみたいで、気がひけるわ」

「気がひけようがなんだろうが、与えられたテーマで勝負しろよ」

「ううーん。他の漫画家さんも、同じテーマで描くんやて。

 いややわー。ぜったい、比較されるわ。ほんで、『こいつ、低レベルやな』とか、思われるんやろ。たえられん……」

「耐えろよ」

 てっちゃんは冷静だった。それに、つめたい。

「そっちは、どうなんや。小説書いとるって、ツイッターで」

「俺のSNSをチェックするな」

「そら、するやろ。友達やんか」

「友達だけどな……」

 しぶい顔をしている。

「書いてるよ。ネットにも上げてる」

「まじか! なんで、おれに言わんの?」

「言ったら、読むだろ」

「あったりまえや」

「はずかしいから、いいよ」

 もっとしぶい顔になった。

「テーマの話に戻ろう。

 『出会いと別れ』か……。別れるところを先に描くのは?」

「ああー。それは、考えとらんかった」

「先に別れさせてから、出会いをセンチメンタルに描いたらいいんじゃないか」

「えぇー? 答えを見てから、問題を読むみたいな感じやな。違和感あるわ」

「あるだろうけど。とにかく、別れさせなきゃいけないんだろ」

「うーん。そやな」

「ネーム、あるのか? メモとか」

「うん。打ちあわせの後で、ちらっと描いたわ」

「見せて」


 おれのネームを見たてっちゃんが、「どうして宇宙人なんだ」と、困惑したように言った。

「え、やって。未知との遭遇って、おもろいよな、と」

「だから、宇宙人?」

「うん……。カップルの出会いと別れなんて、ありきたりやろ。十人いたら、十人とも描きそうやんか。おれは、そういうのは、あかんねん。つまらんから」

「宇宙人に掠われて、キャトルミーティレーションされてから、放逐されるのはどうだ? 出会って、別れられる」

「ええけど……。それって、拉致監禁拷問からの解放やないか?」

「いいじゃないか。お前らしいよ」

「いやや……」


 その時には、そう言ったものの、ぼろいアパートの301号室に帰ってきてから、あらためて宇宙人のネタを検討してみたら、あんがい、いい話かなと思ってしまった。

 意気揚々とネームをしたためて、担当さんにメールで添付して送った。

 小一時間くらいしてから、「ふざけんな」と返ってきた。


「あかんやないか……」

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打ちあわせの後で 福守りん @fuku_rin

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