『パパ』病

あぷちろ

西暦2060年のこと


 西暦2022年、某日。

 世界に突如として現れた新型病原菌アハト・アハトは大規模なパンデミックを引き起こし、世界を混沌の渦へと叩き込んだのだ。

 この病原菌に感染するのは88歳の男女だ。なお、89歳と87歳の感染はいまのところ確認されていない。

 感染した者は漏れなく、全員が“パパ”になるのだ。

――“パパ”という概念に成り果てるというのが正しいか。『脂ぎった額をハンカチで良く拭って、』『満員電車で加齢臭を振りまき、』『ある者は幼気な少女たちに食事をおごる。』『またある者は新人社員の肩を勝手に揉みながら』『課長、それセクハラですよ。と』『パワハラ告発に怯える。』『またある者は、娘にも、息子にも鬱陶しいと邪見にされ、』『無理矢理趣味をつくろうとして3日坊主で諦める』――そんな中年男性へと変貌を遂げる。

 政府は事態を重く見る(フリをする)が、有効な手立てが一切見つからないまま時は過ぎる。そして後期高齢者がどんどん“パパ”になったからといって行政上、特に税収に目立ったダメージが見られないことから、行政はこの件に関して沈黙を貫くのだった。

 そしてここに、新たなる犠牲者が発生する。

「たかし……私も、もう長くはないのよ……」

「やだよぉ、ばあちゃん」

 秋田きよえ・87歳とその孫、秋田たかし・12歳。

 きよえは明日が誕生日で御年88歳となるのだ。――88歳になるということは、件の病原菌による病が発症するということである。

「別に死ぬ訳じゃあないのよたかし……ちょっと変わってしまうだけよ。“きよえ”が“きよし”に変わってしまう、それだけなのよ」

「ばあちゃん! うわああああん」

「ほらほら泣かないの。たかしちゃん、あなたの可愛い笑顔を見せてちょうだい」

「ぐすっ」

 トキは残酷である。そうこうしている内に時計の針は深夜の12時1分を指し示す。

 ぼふん、とコミカルな煙幕と共にきよえはきよしへと変貌する。

「たかしィ、どうしたんダあ? パパに言ってごらんよ」

「ひっ」

 皮脂と加齢臭を振りまきながら、“きよし”に成り果てた老婆はたかしへとにじり寄る。

「パパといっしょに高級フレンチを食べに行こう」

「やったーー!」

 ――パパになるというのは、外見の変化だけに依らない。それは経済力も『パパ』に相応しい物へと変貌するのだ。

 こうして、原因不明の感染症は日本全国を接見し、経済力の増した感染者たちからの税収が増え、結果として好景気へと突入した日本国は世界に覇を唱える事となったのだ。




おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『パパ』病 あぷちろ @aputiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説