コント×コント=?⑦




光生は楽士が何を言わんとしているのかすぐには分からなかった。 もっともそれは先程の話を聞き頭がしっかり回っていないからというのもある。

もし逆の立場だったなら、そう考えると一方的に楽士を責めることはできないのだ。


「代わりって何の話だ?」

「当然、俺の代わりに光生とコンビを組む相手に決まっているだろ? 呼んだからそろそろ来ると思うんだけど」

「いや、俺はそんなことを頼んだ覚えは全くないんだけど」

「光生はお笑い芸人になる夢を諦めていないんだ。 俺の事情で光生も辞めてもらうわけにはいかないからさ」


―――・・・俺のことを考えて色々と気の利く奴だけど、何でもかんでも自分一人で進め過ぎなんだよ。

―――つか、そもそも楽士が辞めるとしても新たな相手をっていうのは余計なお世話だ。

―――解散したら解散したで、俺がどうするのかは俺が決めることだろ・・・。


数分後一人の男性が現れた。 その人物は同じ大学に在籍しているのを知っている。


「来た来た。 行和(ユキカズ)だよ」


とはいえ、話したことが何度かある程度の相手だったため互いに簡単に自己紹介をした。 光生は他の芸人を紹介されるのかと思っていた。 それが大学の同期だったのだ。

楽士がどんな意図を持っているのかよく分からなかった。


「えっと、どうして行和?」

「まずは演劇サークルに入っていることが一番大きい。 漫才でもコントでも両方上手く対応してくれるはずさ」


確かに演劇サークルの中ではかなり評判がよかった気がする。


「そしてもう一つは行和はかなりのお笑い好きだということ。 色々なお笑い芸人の面白さを分析したりするのが趣味なんだって。 かなり有能だろ?」

「確かにそうだけど・・・」


明らかに素人であるし、元々紹介なんてしてほしかったわけでもないし、光生は乗り気ではなかった。


「一応行和の話は先生にしてある。 今から養成所へ行って二人の相性を見てきてもらったらどうだ?」

「・・・どうしてそこまで」

「俺と光生の仲じゃん」


解散はするがあくまで芸人のコンビとしてというだけで、長年築き上げてきた関係が崩れるわけではない。 光生からしてみれば複雑だが、楽士の想いは理解した。


―――俺は楽士の将来までも縛りたくない。

―――本当は一緒の夢を目指していきたかったけど、彼女との将来を考えているなら俺はそっちを応援するしかないじゃないか。

―――俺が楽士と解散するのが嫌なのは今までの思い出や努力が薄れて寂しくなると思ったからだ。

―――・・・でもそれ以上に楽士だけにこだわる必要はないんだよな。


一緒にいる時間が長かったから相棒は楽士でいてほしかった。 それだけの理由で留めていたからこそ、今度は楽士の夢を応援したかった。


「・・・分かった。 折角楽士が選んでくれたんだ。 行和と養成所へ行ってみるよ」


だからそう自然と答えていた。 楽士は一瞬寂しそうに笑った後、光生と行和を送り出してくれた。 他愛のない話をしながら養成所へと向かう。 その時行和がふと言ったのだ。


「光生たちのコントって、みんながやっているのとは少し毛色が違うよな?」

「ん? まぁ、そうなのかも」


おそらく予習してきてくれたのだろう。 疑っていたわけではないが、楽士が適当に選んだわけではないというのはそれだけで分かった。


「二人が突っ込み役なんだろ? どうしてそうなったんだ?」

「最初は普通にボケ役と突っ込み役を決めようとしたけど、互いにボケ役が全然合わなくてさ。 なら二人で突っ込み役をやればいいんじゃね? ってなってこうなった」

「へぇ。 あえてそうしようとしたわけじゃなくて、二人の特性から自然とそうなったのか。 突っ込みしかいないというのが二人の強みだな」

「そうかもしれない。 つか、行和ってお笑いが好きだったんだな」

「あぁ。 よくイベントも見に行ったりしている」

「それなのにお笑い芸人を目指そうとは思わなかったのか?」


行和の表情の変化を見て軽率な質問だったかと後悔した。 ただ行和は少し躊躇った後、話し始める。


「何度もなろうと思ったよ。 そのためにネタ作りだってしたことがある。 だけどびっくりする程、どのネタもつまらなかったんだ」

「分析が得意だって言っていたよな? 他の芸人のネタを参考にしたりはしなかったのか?」

「したよ。 時にはこの芸人風に、時にはこの芸人風に、って多くの人を参考にしてきた。 だけど自分らしいネタが一つもなかったんだ」

「そうなのか・・・」

「だから最初から台本のある演劇サークルに入った。 元から人の前に立って何かを披露するっていうのが好きだったからさ」


―――・・・確かに楽士、いい奴を選んできたな。

―――芸人を目指している時もあったみたいだし、かなり有能かも。


行和自身も無理矢理連れてこられたわけではないということが分かった。 すぐに決心することは難しいが、心が揺れているのを感じる。

話をしていても嫌な感じはしないし、友人にはあっさりなれそうだと思った。 ただコンビを組むとなると仕事になる。 仲のいい友人がいいコンビニなるとは限らない。

そう思った時、楽士との関係が頭を過り少し寂しかった。 しばらくし養成所へ着くと先生が迎えてくれた。


「君が楽士が言っていた行和か」

「初めまして」


先生は楽士と解散する話については一切触れてこなかった。 先生からしてみればコンビが解散することなんて珍しくないことなのだろう。

それが新しいコンビを組むとなっているのなら前向きに考えるのも当然なのかもしれない。


「俺が二人の相性と行和の実力も見てやろう。 来い」


そうして鏡張りのレッスン場へとやってきた。


「今からこれを全て憶えるんだ」

「これは何ですか?」

「これは初心者がやるネタだな。 難しいことはないし至ってシンプルな流れだから、ありのままにやってくれればいい」


そう言って一つの台本を渡してきた。



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