コント×コント=?⑥




先輩は特に何か用事があるわけではなく、ただ後輩が先に帰るのが気に食わなかったというだけらしい。 光生が控室へ戻ると何か言うこともなく、満足気にどこかへ行ってしまった。


―――迷惑な人だと思うけど、とりあえず今は楽士のことだ。

―――突然お笑いの夢を諦めることを決めたのはどうしてだ?

―――確かにネタは俺が書いているけど、だからといって楽士がいらない理由にはならない。

―――コンビの片方がネタを書いているパターンの方が多いんだぞ?

―――高校の時からずっとお笑いの道を一緒に目指してやってきたんだし、二人で納得してのことだったはずだ。


そこでふと思い出した。


―――あれ、そう言えば・・・。

―――ステージ前に楽士は彼女と一緒にいたよな?

―――彼女も不安気な表情をしていた。

―――ということは彼女が何か関係しているのか?


そう思いスマートフォンで彼女の連絡先を開いたが思い留まった。


―――・・・いや、流石に彼女に聞いたら駄目か。

―――こういう大事なことは楽士から直接聞かないとな。

―――つか、恋人には相談して俺には相談しないって何だよ。


しばらくはボーっと考えていた。 辞めたいと思っていたのならもっと前に相談してくれてもよかったはず。 確かに最近は良好な関係を築けていたとは言い難いが、仲違いしていたわけではない。

それが突然の解散宣言。 そうなると、その理由は突発的なことか避けられない何かが起こったということになる。


―――楽士が辞めたい理由、辞めたい理由・・・。

―――駄目だ、何の心当たりもねぇ。

―――何となく考えられることはあるけど、可能性の話をするなら何だって有り得る。

―――このステージ後に行くとしたらどこだ?


楽士には先程から連絡しているが既読が付くばかりで返信は一切来なかった。


―――何なんだろうな、この胸騒ぎ・・・。

―――辞めるのが本気なら、このまま放っておくと楽士はマジで遠くへと行っちまいそうだ。


そう思うと焦ってしまい、居ても立っても居られなくなった。


―――やっぱりジッとなんかしていられない!

―――楽士を追いかける!!


そう思って部屋を出ようとしたところ、忘れていた先輩が目ざとく声をかけてきた。


「あ、おい光生! どこへ行くんだ!!」


しかし、それも無視。 背後から先輩の怒鳴り声が聞こえるがお構いなしだ。


―――これで先輩からの評価は下がっただろうな。

―――でも今はそれ以上にコンビ解散の危機だから!


裏口から出ると初老の男性がうろついていた。


「あのー」


―――何だ、迷ったのか?


「ごめんなさい! 今俺急ぎなんで!! この建物の表口なら反対側ですよ!!」


それだけを言ってこの場を後にした。 走りながら楽士に連絡しまくった。


“さっきから見ているなら返信してくれ!!”

“ちゃんと理由を言ってくれないと納得できねぇ! 勝手に一人で話を進めんなよ!!”


送り始めてから数十分後ようやく返信が届いた。


“分かった。 ちゃんと話し合おう”


その文に加え待ち合わせ場所まで書かれていた。 急な反応に驚きつつも、急いでその場所へと向かう。 そこは駅の近くの喫茶店で既に楽士は待っていた。


「・・・どうして急に話そうと思ったんだ?」

「・・・今養成所へ行って先生と話してきた。 でも『一人で何勝手に決めてんだ、光生と話して来い』って怒られたからここへ戻ってきた」

「そりゃあ先生だってそう言うよな。 コンビっていうのはただの仲よしこよしじゃないんだから」

「分かってる。 ・・・何から話せばいい?」

「まずはお笑いを諦めた理由だ。 あまりにも突然過ぎる」

「それが核心になるけど、諦めた理由は彼女に関係しているんだ」

「彼女?」

「厳密には彼女と俺だけどな。 と言っても、悪いのは彼女じゃなくて俺だ。 ・・・って言えば、おおよそ見当がつくんじゃないか?」

「・・・もしかして、子供が・・・?」


ある程度予想していたものの中で、それを言われるとどうしようもないと思っていたことの一つだ。 もう一つは家族の訃報などで、実家に帰らざるを得ない状況になることである。


「できないようにはしていたつもりだったんだけどな。 まだ学生っていうこともあるし。 だけどそれでも授かった命は大切にしていこうって二人で話したんだ」

「・・・」

「彼女は確かにお笑い芸人になることを応援してくれているさ。 だけどどうにもならないことってあるだろ」


彼女の実家は九州だと聞いている。 現在の状況では実家に頼らざるを得ないだろう。 そうなれば楽士一人東京にいるわけにはいかない。


「・・・親にはちゃんと伝えたのか?」

「もちろん。 それで滅茶苦茶怒られたよ。 光生のことも言っていた。 軽率な行動で周り全てに迷惑をかけたって分かっている。 でも、産まない選択だけは俺も彼女も選べなかった」

「気持ちは分からないでもないけどな」

「彼女はそれでも東京で芸人を目指していいって言ってくれた。 だからこそ俺は彼女を一人にさせられないと思ったんだ。 光生には本当に悪いと思っている。

 だけど夢よりも大切なものができちまったんだ」

「ッ・・・」

「俺は彼女との将来を本気で考えている。 売れないお笑い芸人の先輩で家族を養い子供を授かっている人がたくさんいるのも知っている。 俺にもお笑い芸人として縋るものがあれば違ったのかもしれない。

 ・・・だけどやっぱり俺たちコンビの主役は光生なんだよ」


楽士はボロボロと泣いていた。 おそらくどちらの道を選ぶのか悩みに悩んで決めたのだろうとそれで理解できた。


「・・・どうしてそんな大事なことをもっと早く俺に話してくれなかったんだよ」

「話せなかったんだよ! 俺だってギリギリまで光生とお笑いの夢を追いかけたかった。 最後の時まで笑ってネタ見せをしたかったから!!」

「・・・」

「それでも最後のオーディションに受かれば、主役は光生だとしてもその相方としてやっていける可能性もあるのかと思った。 だけど全て落ちたんだろ?

 もう俺は新しい仕事を探すために動き始めなければならない。 まぁもう既に底なし沼に片足を突っ込んでいるけどな」


今まで付き合いが悪かったのは就活について色々と学んでいたからだそうだ。


「・・・じゃあ、もう向こうへ行っちまうのか?」

「就職するなら向こうの方がいいだろうな。 お笑いが成功したなら遠距離でもよかったけど、もう駄目ならここにいる意味がない」

「・・・」

「でも光生には今でも日本一のお笑い芸人になってほしいと思っている」

「・・・?」

「俺の代わりに人を探してきたんだよ」



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