180.サジタリアス攻防戦:ボボギリが現れますが今回のはちょっと様子が違うみたいですよ


「父上! ボボギリが、ボボギリが出ましたっ!」


「どういうことだ!? やつは魔女様が倒したのではないのか!?」


 勝利ムードからまさかの強敵の出現だった。

 かつての大戦の際に人間側の都市をいくつも落とした、巨大な樹木の化け物(トレント)、ボボギリ。

 戦後は禁断の大地の森に棲んでいたが、ユオによって陥落したのは一部の人の知るところだった。


 辺境伯たちは実際にユオの村で、ボボギリの残骸を目にしていたし、破壊されたことを疑うことはなかった。


 しかし、それが再び現れたのだ。



 うぉおおおおおおん!!!


 唸り声をあげて、城壁へと押し寄せてくるボボギリ。

 その幹にあいた穴の奥にある目玉は不気味に赤く光り、口からはすくむような絶叫音を轟かせる。

 真っ黒い皮膚は光沢を放ち、ハンナやサンライズの攻撃を跳ね返すのだった。

 枝を落としてもすぐに再生し、一切の躊躇なく攻撃を仕掛けてくる、正真正銘の化け物だった。



「ひぃいい、あれは何だぁあああ!?」


「ボボギリだっ!? くそぉっ、生きていたのか!?」

 

 ボボギリを生まれて初めて見た騎士団や冒険者たちはまさに恐慌状態に陥った。


 これまでの禁断の大地の化け物なら、連携をとることによって押しとどめることはできた。


 しかし、この巨大な化け物は違う。


 並の武力がいくら連携しても、その圧倒的な暴力に踏みつぶされるのがオチだった。



「にゃはははっ! あたしがこいつは頂くのだぁっ! こいつは1万ポイントなのだっ!」


 クレイモアは大剣を振り回してボボギリに挑む。

 いまだにモンスター狩りのゲームを続けているつもりらしく、インフレ気味の数字をつける。


 うおぉおおおおおん!!!!


 クレイモアの存在に気づいたボボギリは枝のような腕を縦横無尽に動かし、それをまるで盾のように変形させる。


 がきいっと音がして、ボボギリの腕はクレイモアの剣を受け止めるのだった。


 いくらボボギリとはいえ、小枝の一本一本ならクレイモアの斬撃に砕け散っただろう。

 しかし、枝が合わされば威力は分散され、断ち切るのは容易なことではない。


 うぉおおおおおおん!!!


 ボボギリは剣を受け止めた状態でクレイモアに追い打ちをかける。



「くうぅっ、かったいやつなのだ! いったん、りだつ!」


 クレイモアは敵の迎撃を本能で察知し、ボボギリの盾から剣を抜いて回避する。

 彼女は一筋縄ではいかないことを理解し、ちぃっと舌打ちをする。

 そして、腹の底から興奮が駆けのぼってくるのを感じるのだった。


 この化け物はローグ伯爵に召喚された、アースドラゴンよりも遥かに強い。

 彼女はそれを確信する。



「おじいちゃん、あいつは私たちが村で戦ったのと違うやつですよ!?」


「ふむ、明らかに考えて動いとるのぉ」


 ハンナとサンライズはボボギリの動きに気づく。

 二人の村で戦ったボボギリは目の前に人間がいれば、やたらめったに向かってくるモンスターそのものの戦い方をしていた。

 そのため陽動もききやすかったし、枝を落とすことも容易だった。


 しかし、今回のボボギリは明らかに人間の動きに対応している。

 枝を集めて盾を構築するなど、一般的な魔獣の戦い方ではなかった。



「悪いけど、こいつは私の獲物よっ! 金剛氷柱、あいつを貫けっ!」


 クレイモアが作った一瞬の隙を縫って、シルビアが魔法をボボギリに炸裂させる。

 彼女の生み出した氷柱は金剛氷柱。


 過去にサジタリアスを襲ったボボギリを撃退するために、シルビアが考案した必殺の魔法である。

 とてつもなく硬いその氷柱は当たったものを貫き、再起不能にする。


 大小の剣のような氷柱は一直線にボボギリの幹に埋め込まれた魔石へと向かう。


 それが当たれば、確かに化け物を沈黙させることができるはずだった。



 うぉおおおおおおん!!!


 しかし、あり得ないことが起きた。

 

 ボボギリの魔石が下方に動いたのである。

 

 金剛氷柱はどどどっと幹に穴をあけ、ボボギリの内部で止まる。

 しかし、相手は痛みを感じないモンスターだ。

 何事もなかったかのように、再び攻撃を始めるのだった。


「う、うっそぉ!? そんなのアリ!? ひぃいいいっ」


 通常、モンスターは回避行動をとらない。

 そのため必ず仕留めたと踏んでいたシルビアは愕然としてしまう。


 シルビアのところにボボギリの枝が伸びる。

 だが、間一髪、ハンナがなんとかそれを撃ち落とす。



「私とおじいちゃんでやっつけます! こういうのはスピードに弱いって決まってるんですよっ!」


 今度はハンナとサンライズが前に出る。

 もちろん、ボボギリの皮膚は硬く、クレイモアほどの腕力のない二人では貫くことはできない。


 しかし、それでも問題はなかった。

 二人は変幻自在な攻撃を得意としており、魔石が動くパターンを観察しながら攻撃する。


 ボボギリの枝をかいくぐりながら、魔石を追いかける。



 うぉおおおおおおん!!!


「ひぃっ、うるさぁいですよ」


「最近じゃ耳が遠くなってきたというのに、きっついのぉ」


 だが、それでもボボギリの発する大音量の叫び声に動きを止められる。

 それはもはや衝撃波とも言える攻撃だった。


 スピードで勝る二人であっても、決定打をあたえることができないのだった。




「ち、父上、四人であっても押されております」


 城から手に汗を握って観察していたレーヴェは険しい顔をする。

 サジタリアスの誇る二人の天才、剣聖のクレイモアと天魔のシルビア。

 それに伝説の剣聖であるサンライズとその孫のハンナ。


 その四人の達人が必殺の技を繰り出しても、敵はまったくもって動じない。


 辺境伯のリストは百年前の魔王大戦の際の逸話を思い出す。


 魔族に率いられたボボギリは体当たりで城壁を崩し、都市の人々を無惨にも殺戮したという話を。

 このままでは籠城戦すら難しいかもしれない。

 

 リストは祈るようにして、天を仰ぎみるのだった。




「ハンナ、クレイモア、そこの魔法使いのお嬢さん、ちょっと聞いてくれんかの」


 ボボギリの枝を落としながら、サンライズが声を張り上げる。


 彼は気づいていた。

 バラバラの攻撃では、たとえその一撃一撃が重くても、敵には通じないことを。



「奴はわしらが連携せんと倒せんようじゃ!」


 そこでサンライズが出した結論が、4人の連携による攻撃だった。


 ボボギリはサジタリアスの城壁の近くまで達しようとしている。

 

 ここで思い切った策に出なければ、都市が陥落してしまうと判断したのだった。



「ええぇ、あたし一人でもやれるのだ!」


「おじいちゃん、あいつは私がやっつけます!」


「次は私の金剛氷柱があたるはずよ!」


 しかし、クレイモアもハンナもシルビアも、自分の力を示すことに焦って言うことを聞かない。


 それもそのはず力を合わせなければ倒せない相手に、彼らは出会ったことがなかったのだった。

 彼女たちは個人の限界を知らずに、ここまで来てしまったのだ。



「クレイモア、サンライズさんのいうことを聞いて! ユオ様に言われたことを忘れたのですかっ!」


 ここで城壁から大きな声を張り上げる少女がいた。

 それはリリアナだった。


 彼女はサジタリアスに出発するときに、ユオが二人に釘を刺していたことを聞いていたのだった。


 ユオは言った。


 『みんなと協力するのよ。……さもないと、分かってるわよね?』


 髪の毛の内側をメラメラと燃やしながら。



「そ、そうだったのだ! ひぃいい、黒髪魔女のお仕置きは嫌なのだ」


 クレイモアはリリアナの声に、ユオに言われたことを思い出す。

 確かに自分を捨てて、皆と連携するように言われたのだった。


「わ、忘れてましたぁ。せっかく魔女様に言われてたのにぃ。このままじゃ、第一のいけにえとして面目がたちませんっ!」


 ハンナもユオの言葉を思い出し、自分の行動を改めることにする。


 彼女にとって村を救ったユオは、もはや神格化された破壊の化身である。

 ハンナにとっての唯一の光であり、それを否定することなどできるはずがなかった。


「な、なによ。あんたたちが連携するっていうのなら、私もしてあげるわよ!」


 クレイモアとハンナが方針を撤回したため、シルビアも慌てて歩調を合わせる。


 彼女の計画では3人が自分に合わせれば勝てると踏んでいたのだが、もはやそんな意地やプライドの問題ではないことにも気づいていた。


 サジタリアスを守らなければならない。


 ユオの言葉によって、その思いが4人の中でつながったのだった。

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