93.魔女様、ドラゴンを消したのではと疑われるも堂々としらばっくれる



「き、消えましたぁあああ! ドラゴンが一瞬にして消えました!」


「何が起こっている? どうして、消えた!?」


「そ、それが巨大な赤い円が現れまして、ばしゅっと」


「はぁあああ!? 何がばしゅっだ? 貴様、ふざけているのか!?」


「そ、それが本当なんです! ばしゅっと、群れが一瞬で消えて…!! ひぃいい、世界が終るかと思いましたぁあああ」


「しっかりせんか! 泣くんじゃない!」



 何食わぬ顔で城の中に戻ると、とても賑やかだった。


 それもそのはず、さっきまで上空を旋回していたトビトカゲがいなくなっていたからだ。


 辺境伯を含めて、「この世の終わりだ」なんて言いながら、てんやわんやの大騒ぎ。

 


「あの規模のドラゴンだぞ! サジタリアスが滅んでもおかしくないほどの危機だったんだぞ! それが、どうして簡単に消える!?」


「私も分からないんですぅううう」


「ええい、見たままでいいので何かわからんのか!?」


「辺境伯様、赤い円が現れて、空にぽっかりと穴が開いておりますぅううう! 何が起きてるんですか、これ! 怖いです! 村に帰るぅううう!」


「だから、泣くな! 帰るな!」


 見張り役の兵士の人は半べそをかいている。

 その報告を聞いている辺境伯も顔を真っ赤にして怒鳴っている。

 うーむ、かなりの混乱状態だ。



 彼らの横顔を見ながら、私はふと我に返る。


 あれだけの規模のモンスターを一瞬でやっつけたのはちとやり過ぎたかもしれない。

 数匹だけやっつけて撃退するっていう方がよかったかもしれない。


 少なくとも、見張りの兵士の人には気の毒なことをしたよね。ごめんなさい。



 でも、あのドラゴンは邪悪すぎたよね。


 街を汚してくれたし、私のドレスも汚してくれたし、しょうがないよね。


 うん、しょうがない。


 悪者は征伐するっきゃない。


 切り替えていこう。

 





「……あ、あのぉ、魔女様、何かされましたか? ドラゴンが消えるようなことを」


 腕組みをして一人で納得していると、レーヴェさんが現れる。

 いかにも怪訝な表情ってやつで、何かを疑っているらしい。


 この人、案外、勘が鋭いんだよなぁ。


 とはいえ、本当のことを話してもしょうがないので、しらばっくれることにした。



「えーっ、あのトカゲじゃなくて、ドラゴンが消えたんですか?」 


「……見張りのものが言うには、ドラゴンの群れが巨大な赤い円に吸い込まれたとのことで」


 ちいっ。


 心の中で舌打ちをする私である。


 とはいえ、ここでもしらを切りとおす。

 これから大切な商談があるわけで、大騒ぎされたりとか絶対に嫌だし。



「へぇええ、赤い円に吸い込まれた?」


「はい。しかも、サジタリアスの上の雲にだけぽっかりと穴が開いておりまして」


「空に穴がですかぁ。へぇーえ、それは異常気象ってやつなんでしょうかねぇ」


「おそらくはその異常気象を引き起こした人物が近くにいるはずなんですが」


「まっさかぁ、そんな人、いるわけないですよぉ?」


「いえ、その、心当たりのある場合には自分から名乗り出てほしいんですが」


「ふーん、そんなひといるんですかぁ? あれ、私のドレスが汚れてしまっていますわ! きゃあああ、あら大変!」


「……魔女様、隠し事はいけませんよ?」


 レーヴェさんが私の顔を覗き込んで尋ねてくるが、さくっと受け流す。


 ドレスの汚れを利用することにしたのだ。

 一刻も早く着替えたいのは事実だし。




「ユオ様、何かございましたか?」


「あっ、リリ様、いいところに! リリ様のドレス貸してくださらない?」


「私のドレスですか!? いいですよ!」


 何事かとかけよってきたリリを捕まえて、私はこの場を離れることにした。

 これ以上、レーヴェさんと話していると、痛くもない腹を探られることになる。



「魔女様!? あのドラゴンをどうされたのですかぁああ!??」


 レーヴェさんは泣き出しそうな顔で追いすがってくるが、ひらりと回避。


 ここはもう、疑惑が深まる前にこの場をごめんあそばせするっきゃない。


 何人たりとも乙女の着替えを邪魔することなどできないのだから。






◇ 一方、ドラゴンと視界を共有したローグ伯爵にはこんなふうに見えていた



「ひぃいいいい、なんだあれは? あの赤い円は?」



 それはサジタリアスの上空から毒息をまき散らし、とても気分がいい時だった。


 私が操り、視界を共有するドラゴンの真下から赤い円が迫ってくる。

 真っ赤な、信じられないほど赤い円だ。

 速度はそれほど速くない。


 だが、それは巨大だった。

 尋常な大きさではなく、サジタリアス全体を飲み込むかのように大きい。


 そいつは、ふぃぃいいいいん、などとふざけた音をたてて昇ってくる。


 嫌な予感がする。


 私は自分の死霊ドラゴンを操り、とりあえずサジタリアス上空から回避することにした。



 ばしゅ。

 ばしゅ。

 ばしゅ。

 ばしゅ。

 ばしゅ。



 妙な音がすると思った。


 そして、気づいた時には私の死霊ドラゴンどもが赤い円へと飲み込まれ、そして、消えていた。



「き、き、き、消ええええええ!????」


 ありえない。

 数十匹以上いたはずの死霊ドラゴンが消えてしまったではないか。


 魔獣使いの話ではこんな予定はなかったはず。


 そもそも、私が街に到着して、辺境伯の目の前で死霊ドラゴンを退治するという手はずなのだ。


 これでは私の計画が終わってしまう。


 大金をかけ、相当の労苦を積み重ねた計画が!

 私が英雄になるための計画が!!

 私の美少女ハーレム計画が終わってしまうぅううううう!!! 



「ぬぉおおおのれぇええええ!?」


 そうこうするうちに私のドラゴンにも赤い円が迫ってくる。

 だが、なんとかサジタリアスの外に出て回避する。

 


「くそっ、いったい、誰がこんなことを!?」


 サジタリアスには天魔のシルビアという優秀な魔法使いがいることは知っている。


 しかし、ここまでのことができるだろうか?

 誇張なしに一国を滅ぼしかねない能力だぞ、これは!?


 そんな人間を飼っているというのか、サジタリアスは!?


 そのまま帰還することも考えたが、私の計画を台無しにしてくれたやつを許せるはずがない。

 私は死霊ドラゴンをサジタリアスの城へと向かわせる。



 おそらくどこかに術者がいるはずだ。


 このドラゴンを体当たりさせてやる!!!


 しかし、その判断がまずかった。




 ———しゅぼっ。



 私の操る死霊ドラゴンが攻撃されたのだ。

 どこから攻撃されたのか分からない。

 だが、正確に胴体が真っ二つに分断された。



「ひぃいいいいい」


 私の死霊ドラゴンはバランスを崩しながら、サジタリアスの上空を迷走する。

 視界はぐちゃぐちゃになり、ぐるぐる回る。

 当然、頭がガンガンしてくる。



 そして、次の瞬間。


 私の目の前に先ほどの赤い円が広がった。

 真っ赤な、とても、真っ赤な、悪夢のような赤い円が———



【魔女様の発揮した能力】

しらばっくれる:とにかくしらばっくれる。相手の意見をはぐらかし、無関係である、潔白である、濡れ衣であると言い張る。誰も即死しないが、魔女様の恐ろしさは逆に増す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る