55.魔女様、温泉に癒やしどころを設置し、猫耳どもをわちゃわちゃやったあと、リリをその責任者にすえる

「みんな、これを見て!」


 どうにかこうにか、リリを温泉リゾートにつれてきた。

 何も使われていない一室で、私はおじいさまの古文書を机の上に広げる。

 

 その古文書はとても変わった素材でできていて、非常に緻密な絵が描かれている。


 まるでこの世界の一部を切り取ったように景色を描き出しているのだ。


「こ、これはなんですか?」


「たぶん、マッサージだと思う」


 とあるページには女性の背中に油のようなものを垂らして、おそらくはマッサージをしている様子が描かれている。


 きっと、この時代の人々は温泉地でこんなことをしていたのだろう。

 ひょっとしたら、名物だった可能性もある。


 施術を受ける黒髪の女性はとても気持ちよさそうな顔をしている。

 この絵を見た時、私は「これだ!」とひらめいたのだ。

 そう、これなら女性冒険者も呼び込める、と!


 現状、うちの村に来るのは男性冒険者が大半だ。

 至るまでの道のりが危険だっていうのもあるけど、村として女性に魅力がないっていうのは絶対にあると思うのだ。

 そこで、女性向けの名物みたいなものを考えたわけである。

 


「こ、これは何をしているんでしょう? 新手の魔法ですか? 生贄の儀式?」


 「ひぃいい」などと声をあげて、ちょっと物陰に隠れようとするリリ。

 自分でいけにえなどと物騒な言葉を出して、勝手に怖がるんじゃない。


「そうそう、うら若き乙女に香油を垂らして魔女の餌食に……って、んなわけないでしょ!」


 とはいえ、毎回、毎回、真顔でつっこむのも飽きた私なのである。

 怯えかけているリリを元気にするためにも体を張ってノリツッコミをしてみた。



「おぉー、ノリツッコミや。あんがい、おもろいんとちゃいますー?」


「せやなー、ほんまにおもろいわ。笑ってええんとちゃう?」


「せやったら、クエイク笑ってみぃな」


「いや、それは無理や、うちかて無理やり笑うとか良心が痛むわ。お姉ちゃんは?」


「あ、うちも無理やり笑うと死んでまうんや、心が」


 メテオとクエイクの姉妹が私をはやしたてる。

 ちったぁ、愛想笑いでもしろ、この猫姉妹ども!


 この二人、仕事には熱心で真面目なんだけど、ユーモアに厳しすぎるのよね。

 こっちだって結構頑張ってるんだから、もうちょっと寛容さを持とうよ。



「よっし、じゃあ、私が実演してみせるわ。メテオ、服脱いでベッドに横たわって」


「はぁああいいいい? なんでうちが? どうして裸? ついに目覚めたんか? 覚悟はできとったけども」


 私の宣告に大きな声で騒ぐのだが、話など聞く耳はないし、別に目覚めてもいない。

 覚悟だっていらない。


「ララ、やっちまいな!」


「はい、ご主人さま!」


 ララに命じて、メテオの服をぽぽいと服を脱がせ、タオルでぐるぐるっとまく。

 メテオは「にぎゃー」なんて声をあげるけど、<<瞬間着替え>>のスキルを持つララにはかなわないのだった。



「じゃあ、メテオ、じっとしててね」


 私はタオルでぐるりと巻いたメテオを寝かせ、古文書に描かれていることを見よう見まねで真似してみる。


 つまりは香油を使ったマッサージだ。

 油は付近の森で取れたココナッツココの実のもので、そこに王都から持ってきた香水をブレンドしてみた。

 すごくいい香りで、ちょっとだけうっとりする。



「ひぃいいい、何が始まるん? クエイク、助けてや、血を分けた姉妹やないか」


「姉ちゃん、散々お世話になったけど、ここでお別れの時や。商会はうちがしっかり面倒見たるから往生しぃや、くひひ」


「そんな殺生な! うちには妻も子も夫もおらへんのや!」


 三文芝居を続けるメテオたちは置いといて、私はララとリリの二人の前で施術を研究する。

 メテオのすべすべの背中に油を垂らして、ついーっと手のひらを滑らせてみる。


「こんなのどう?」


「はにゃああ!? こ、これはあんがい、えぇかもわからん!? ユオ様の手が温かくて最高やで? いけにえになるんも案外悪くないかもわからん」


 背骨に沿って適度に圧力をかけながら、施術を続ける。

 私の施術はいい感じらしく、メテオは今度は歓喜の声を出し始める。


 どうやら、私の手が妙に温かいっていうのが喜ばれているようだ。

 ふふ、やかん女って呼ばれてたけど、役に立つこともあるみたい。



「ほな、もっと腰のあたりもぐいってやってみ。背中もけっこうこっとんねん」


 メテオはむしろノリノリになっている。

 さっきまで嫌だって騒いでたのに、どれだけ変わり身がはやいのよ。


「はぁい、これはどう?」


 肩甲骨の間に指をいれてほぐす。

 「や、やばい、死ぬ。死んだ」などと非常にうるさい。

 ふぅむ、このマッサージは疲れている女性にもうけそうな予感がする。



「じゃあ、リリ、交代よ。リリは回復魔法をかけながら施術をやってみてくれる?」


 私が今回検証したかったのは単なるオイルを使ったマッサージではない。

 はっきり言って、これだけだったら王都でも開発されている可能性がある。


 でも、マッサージに回復魔法を掛け算するのはきっと初めての試みだろう。

 回復魔法は聖なる奇跡とされていて、むやみやたらに乱用するものじゃないとされている。

 だけど、もっとカジュアルに使ってみた方が人々の健康に貢献すると思うのだ。

 

 

「は、はい、やってみますね。やる側だったら大丈夫です」


 私に代わってリリがメテオの背中を施術していく。

 リリは精神を集中させるために目を閉じて魔法を詠唱。

 すると、回復魔法の光が彼女の手から発せられ、メテオの背中にオレンジ色の波紋を作る。

 

 まさに奇跡。

 魔法が使えない私からすると見事なものだ。


 リリはひと呼吸おくと、その両手をリズミカルにメテオの背中の上で往復させる。


「へにゃぁあああ、こ、こりはもうなんて言うていいかわからへん。うち、このまま死ぬんか? 死ぬかもしれへんぐらい気持ちええわ、昇天ってこれやったんや」


 どうやらマッサージがいい感じに効いているらしく、メテオは物騒なことを言い始める。

 おそらくは死ぬほど気持ちがいいってことなんだと思うけど。


「尻尾の付け根も失礼しますねぇ」


 お尻を隠していたタオルをちょっとだけずらし、メテオの尻尾の付け根をすすーっと施術する。

 私たちにはしっぽがないから気持ちいいのか分からない。


 どうなんだろう?



「へにゃぎゃあああ!? しっぽはダメにゃあああ」


 直後、メテオは猫が尻尾を踏まれた時みたいな声をあげて失神してしまう。

 あまりに刺激が強かったのか悪いことをした。


「メ、メテオ、大丈夫!?」


「大丈夫にゃ。拙者は大丈夫にゃ」


 意識はあるものの、目はとろんとしてやばい状態。

 口調もなんだか変わってるし。


 やっぱりむやみやたらに回復魔法を使うのはよくないのだろうと噛みしめる。

 もっともっと、練習しなきゃ加減がわからないよね。


 それにしてもメテオが猫人らしい語尾を使うのを生まれて初めて聞いた気がする。


 しかし、これではリリの施術を完全に試したとは言えない。



「よっし、じゃあ、次はクエイクちゃん、頑張っちゃおうか。大丈夫、痛くしないから。すぐに終わるからね」


 受け手があぁなってしまっては、どの施術が気持ちいいのか分からない。

 しょうがないので、今度はクエイクにお願いすることにする。


「ひぃいいい、うち、そろそろサジタリアスに戻らなあかん頃合いやって、ひにゃあああ」


 抵抗を試みるものの、ララのスキルである<<瞬間着替え>>の前に秒でタオル一枚の姿へと変身するクエイク。


 その後、私たちは人を癒す方法について検証したのだった。

 





「リリちゃん、腰をぐいってやるのほしいぃぃ」


「だめにゃ、うちのが肩が凝ってるんやからあぁぁ」


 小一時間後、メテオもクエイクも色っぽい声を出してベッドに横たわっている。

 二人の瞳の焦点は合っておらず、言葉も曖昧だ。

 回復させたのか、疲れさせたのか、果たしてよくわからない状態。


 うん、ちょっとやりすぎちゃったね、反省。



「なるほど、これはいけますね。つまり癒しで中毒にさせるってわけですね?」


 ララはしたり顔でうんうんと頷きかけるのだが、中毒というほど危険なものじゃない。

 あくまで売りたいのはマッサージの心地よさ。


 清潔な空間で施術されるのは、おそらく女性に受けがいいと思うのだ。

 これで女性冒険者を少しでも引きつけよう。



 「リリにはこの施術を温泉で受けられるようにしてほしいの。回復魔法が使えそうな子たちがいるって言ってたし、その人たちと一緒に温泉に癒しどころを作ってほしいのよ」


 村で魔法を教えているリリによると、魔法を使えそうな人も数人はいるそうだ。

 この癒やしどころを通じて、冒険者のみなさんをバックアップすることはできるはず。



「わかりました! ……し、しかし、殿方にもこれを行うのですか? 嫁入り前の娘が男の人の裸を見、見るというのは……」


 リリは顔を真っ赤にしてもじもじとする。

 身長も小さいし、まさしく小動物って感じでかわいい。



「そこらへんは大丈夫。今回は肌に直接触れたけど、オイルを使わずに衣服越しでもOKだから。それに男性の施術者に担当してもらうのもいいよ」


「分かりました! やれる範囲でやってみます!」


 リリはかなりほっとしたらしく、胸をなでおろしていた。

 望まない働き方を強要するほど私は鬼じゃないのだ。うん。


「それじゃ、リリは責任者となって頑張ってみて。部屋の設備はドレスにお願いしてね」


「ユオ様、私、がんばります!」


 リリは目をきらきらさせて、私の手を取る。

 彼女ならばきっと素晴らしい癒しどころを作ってくれるだろうと確信する私なのであった。


【魔女様の手に入れたもの】

・リラクゼーションルーム:温泉リゾートに付属するマッサージを行う場所。オイルを使った施術は女性に人気。男性には強めの圧でぐいぐいやるのが人気。収益を生み出す柱になってほしい。

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