53.魔女様、温泉の奇跡を確かめるべくリリの身体検査をするも勘違いされる
「今日はお仕事は休むわよ!」
「おぉー!」
村の経営が上手くいき始めることはいいことだけれど、ちょっとみんなオーバーワーク気味だ。
そんなわけで、今日はゆっくりと休むことにした。
ゆっくり休むと言えば、温泉。
温泉につかって、ふぅっと息を吐けば、どんな疲れも悩みもふっとんじゃう!
……そのはずなんだけど、ララはまだ少し元気がない。
どうも肩の辺りをしきりに揉んでいる様子だ。
ふぅむ、肩こりになっているらしい。
「ララさん、私にお肩をマッサージさせてください!」
「リリ様、ありがとうございます。とても気持ちいいです」
温泉から上がると、リリがララの肩を揉んでくれることになった。
どうも最近になって肩や背中が凝りやすくなったらしい。
「ララさんは頑張り屋さんですからねぇ……。ほらほら、こんなのはどうですかぁ?」
「あっ、そこはダメ、そこは効きすぎますぅ」
リリは笑顔でえげつない肩もみわざを繰り出し、ララはそれに身悶えする。
ララのキャラが少し崩壊してる気もするけど、ねぎらうことは大切だよね。
彼女にはいっつもお世話になりっぱなしだし、たまには羽をのばしてもらいたい。
「てか、ララさんの肩コリの原因は別のところにあるんとちゃうか?」
「せやな、絶対に頑張り屋とは関係あれへん」
癒されているララを眺めながら、メテオとクエイクの姉妹は鋭すぎる指摘をする。
そう、私も気づいていたのだ。
ララは働き過ぎによって肩コリになっているのではないと思う。
じゃあ、何が原因なのか?
それは彼女の胸が辺境に来てからの数か月で膨らんできているということだ。
もともと、しっかりあったくせに、である。
彼女のメイド服は魔法素材でできている特注品で、体のラインに合わせて変化する。
逆に言うと、体のラインが見えやすく、胸元が結構な盛り上がりを見せているのだ。
「ふぅむ、たしかに最近、重くなった気がします。本当に嫌ですね」
ララは心底困った顔をする。
肩こり持ちには同情するけど、なぜか素直な気持ちで同情できない私がいる。
「そういや、うちらもサイズアップしたしなぁ」
「ララさんほどえげつなくないけど、けっこう肩こりするかも」
メテオとクエイクの猫人姉妹はうんうんと頷きながら、非常に羨ましいことを言う。
も、もしかして、うちの温泉にはナイスバディ効果があったりするの?
温泉に継続的につかれば、そういう部分も育つとか!?
それはそれでビジネスチャンスな気もするけど。
「そう言えば、あっしもしっかり筋肉がつきやしたぜ!」
一緒に温泉に入っているドワーフのドレスは力こぶを作って見せてくれる。
相変わらずの底抜けの明るい笑顔がまぶしい。
しかし、それ以上に、胸元の成長ぶりもなかなかのもの。
それはきっと筋肉だけじゃない。
こういう無自覚なキャラっていうのも、私の自尊心をちくちく刺激する。
思い出してみれば、今日は狩りにでかけているハンナだって、体型がだいぶ変わった気がする。
それに村人の男性だって妙にがっしりしたり、むっちりしたりしている。
しかし、私は腑に落ちないのだ。
この奇跡の温泉の効果が現れない人物がいるのだ。
何を隠そう、この私である。
偉大なる温泉の発掘者にして、
栄光の大地の首領様にして、
朝夕はもちろん、お昼もたまに入浴するという熱狂的な愛好家でもある私の体には一切の効果が出ていないのだ。
一切皆無である。
ゼロ成長である。
正直言って、これには納得できない。
もし、温泉の神様がいるんなら、絶対に抗議しなきゃいけない。
そもそも、世の中、かなり不公平だよね。
私以外、みんな成長していくとか、どういうわけ?
はっきり言って、魔力ゼロとかかすんじゃうレベルで不公平感がある。
「ふふふ、肩甲骨をはがしますねぇ!」
「えひゃあああ、リリ様、そこは、そこだけは!」
リリは手の先から癒しの光を出してララの背中に奇跡を施している。
ララはもう完全にキャラが崩壊して、いつものクールなララは見る影もない。
誰かを癒している彼女はまさに聖女って雰囲気。
ふーむ、人を癒やすのが好きなんだなぁ。
「あれ?」
しかし、私はリリのある部分に注目する。
だけど、彼女の胸元をみて私はあることに気づく。
リリはもしかして……。
「リリ、ちょっとごめん! これは領主の義務としてのチェックだから!」
「へ? ひぃいいいい!?」
ララへの施術に熱中していたリリの後ろに回り込み、彼女の胸元に手を伸ばす。
手のひらに広がる、ちょっと初々しい感触。
ないわけじゃないけど……、これはセーフだ。
つまり、温泉の奇跡はみんなに当てはまるわけじゃないってことだ。
「はぁー、よかった。私だけじゃないんだ」
「ユ、ユオ様ぁ!?? な、な、なにを」
目をうるませて抗議するリリ。
一見、セクハラのように見えるけど、そうではない。
私のもとで働いてくれている彼女たちの健康を測る上での大切な行為なのだ。
いわばこれは……、領主の義務としての行為なのだ。
「……うん、リリはセーフで大丈夫ね」
「ひぃいい、何がセーフで大丈夫なんですかぁ!?」
しまいには地面にぺたりとお尻をつけてしまうリリ。
驚かせて悪かったけど、彼女は「大丈夫」だった。
すなわち、辺境に来て温泉を愛好していても胸は育っていないということなのだ。
うーむ、私もリリも瘦せ型だけど、そんな子には効果が薄いって可能性があるのだろうか。
でも、ハンナもこの間までは私と体型がほとんど同じだったよなぁ。
むしろ私よりも全然ガリガリだったと思うんだけど。
完全に真っ平らだったと思うんだけど。
……まさか栄養が頭に行かずに胸と筋肉だけに行ってるとか?
……失礼な話だけど、ありえなくもない。
「大丈夫、リリはひとりじゃないよ。私も一緒だからね」
「だから、何が大丈夫なんですかぁああああ!??」
とりあえず、いい感じに話をまとめる。
リリには強い連帯感を覚える私なのであった。
「ユオ様、セクハラはあかんでぇ。でも、どうしてもっていうんなら、うちのもチェックしてもええで?」
「なにかようわからへんけど、うちのも行っときます?」
「あっしを忘れてもらっちゃ困るぜい!」
猫人姉妹およびドワーフのドレスはそう言って、ずずいと立派なもの差し出してくるけど、そういう意味じゃない。
そりゃ触り心地はいいでしょうけど、そういう意味じゃない。
べ、別に触りたくて触ったわけじゃないからね!?
「……いいんです、私は辺境に身を沈めた時から覚悟はできてました!」
リリはそう言うとがくがく震えながら立ち上がる。
その目には涙が浮かんでいて、明らかに何か壮大な勘違いをしていらっしゃるようだ。
「……みなさん? ご主人様は私が一番初めに目を付けたんですよ? わたしのです!」
さらにはララがずずいとより立派なものを前面に出して参戦してくる。
目を付けたとか、そういう問題じゃない。
それにララのものでもない。
誰のものでもない。
「だから、そういう話じゃないって言ってるでしょうが! あんたら、いったん座れ!」
思わず大きな声が出てしまう私なのである。
温泉の奇跡を確かめただけなのに、妙なことになってしまった。
うーむ、反省。
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