5.『灼熱の魔女』の再来。魔女様、好き勝手に巨大魚を焼き魚にする

「ユオ様、本日は村の案内を祖父に代わってさせていただきます」


 まずは村全体を知ることが大事というわけで、赴任して次の日、私たちは村とその周辺を見回ってみることにした。


 案内役は村長の孫のハンナがかって出てくれた。

 ハンナは14歳で金色の髪をショートカットにしたかわいらしい女の子だ。

 

 彼女は笑顔を崩さずテキパキと道案内をしてくれる。

 だけど、栄養不足で痩せこけてるのがよくわかる。

 私は彼女の肌艶がよくなるように、豊かな村を作るのだと固く誓うのだった。



「ユオ様、こちらがノボリベツ洞窟でございます」


 村を1時間ほどで一巡した後、私はお目当ての場所にたどり着く。

 そこはおじいさまが変なものを発掘した崖の近くだった。


 もしかすると、まだまだ面白いものが埋まっているかもしれない。

 ひょっとしたらダンジョンがあったりするかも、なんて期待に胸を躍らせる。


 ……しかし、近づいてみるとがっかりするのだった。


 ノボリベツ洞窟はどこからどう見てもただのほら穴だった。

 奥行きは10メートルもないし、スライムすらいそうにない。


 えぇー、ここから大逆転とか思ってたのになぁ。



「……秘密の抜け穴とかあるんじゃないかしら。ララ、探してみましょう」


「了解です!」


 あまりにも何もないため、怪しく思った私はララと一緒に崖のあたりを嗅ぎまわることにする。

 おじいさまによって色んながらくたが発掘されているのは確かなのだ。

 ハンナもあたりの岩をどかしたりなどして手伝ってくれる。


 しかし、小一時間ほど探してみても何にも見つからない。

 ぐむむ、なかなか簡単にはいかないか。

 いい加減止めようと思った時にハンナの鋭い声が響いた。



「領主様! お逃げください! おじいちゃんを襲った大地大魚(グレイトアースフィッシュ)です!」


 振り返ると、体長10メートルほどの巨大な魚が口を開けて向かってくる! 

 土の中を泳ぎまわるモンスターで、頭が二つもある。

 こんな魚、生まれて初めて見たんだけど、王都で見る「鯛」という魚にそっくりだ。

 焼いて食べたら絶対に美味しいに決まってるやつだ。


「私がひきつけます! えいやっ!」


 ハンナは腰に差した剣を抜くと、果敢にモンスターに挑んでいく。

 意外や意外。

 その身のこなしは俊敏そのもので、巨大なモンスターの攻撃を華麗にかわす。

 瘦せ型でほっそりしているハンナだけれど、実は剣の達人なんだろうか。


 しかし、モンスターの外皮は厚く、彼女は攻撃を通すことはできないようだ。それでも私たちを守ろうと一進一退の攻防がスタートする。



「うぅ、お腹が空いて力が出ない……」


 なんとか持ちこたえていたハンナだったけれど、まさかの理由で動きがどんどん遅くなっていく。それをみて好機とばかりにモンスターは大口を開けてハンナに迫りくる!


「ここは私たちがしのぎます! ご主人様は村に戻って応援をお呼びください! 氷柱撃(アイシクルランス)!」


 間一髪!

 ララは手のひらから氷魔法を放ち、ハンナを救う。


 そして、私に一刻も早く退避するように叫ぶのだった。


 普通に考えればララの言うことはもっともなのかもしれない。

 領主である私は村まで戻って、助けを呼んでくるべきだろう。

 

 しかし、いくら辺境に追放された身とはいえ、私はララの主人だし、この辺境の領主なのだ。

 二人を置きざりにしてすたこら逃げることなんてできない。


 私には領民を守る義務があるのだし、私にだって対抗手段はあるのだ。

 私は『ヒーター』のスキルによって触った相手を超高温にして爆発させることができる。

 すなわち、めちゃくちゃ熱くすれば焼き魚になるってことでしょ。



「ララ、あいつを爆発させてみるから、ハンナをいったん確保して!」


 地中を泳ぐ双頭の魚は図体は大きい。

 だけど、動きは直線的でわかりやすいものだった。

 私は迫りくる魚の直進をひらりと避けると、魚の背中に飛び乗って手を置く。

 そして、強く念じるのだ、「爆発しろ!」と。

 

 次の瞬間!

 

 ぼぼんっという爆発音とともに、モンスターの右の頭が炸裂する。

 ハンナは爆発の反動でふっとびそうになるけれど、ララがスライディングで即座に回収!


「ご主人様、お見事です! ですが、このままでは逃げられます!」


 頭の一つを潰されたモンスターは分が悪いと思ったのか、村の外に退却しようとしていた。



「させないわよ! 村を襲った裁きを受けなさい!」


 モンスターは崖の中に頭部を入れて無理やり潜り込もうとしている。

 土の中に逃げ込むなんて厄介なやつ。


 だけど、そうは問屋が卸さない。

 このまま逃がしてしまっては、再び村人を襲う可能性もあるわけだし、何よりララとハンナを襲った落とし前をつけさせなきゃ!



「あんたなんか爆発しちゃえ!」


 かろうじて残ったモンスターの尾びれに手を当てて念じると、私は大急ぎで距離を置く。


 次の瞬間!


 どっがぁあああん!!!!


 尋常じゃない音がして崖が崩れるのだった。

 耳の奥がきぃんっと痛い。

 あたりがガレキだらけになってしまった。


 ……ちょっと、出力が大きすぎたみたいだ。反省。



 ハンナは恐ろしい相手だなんて言ってたけど、やっつけたってことでいいのかな。

 ま、しょせんは魚だし、恐るるに足らずってやつよね。


「ご主人様! お見事です! まさに破壊の申し子、灼熱の魔女のようです!」


 敵が完全に沈黙したのを確認すると、ララからわけのわからない称賛を受ける。

 褒められるのは嬉しい。

 だけど、『灼熱の魔女』というのはおとぎ話に出てくる魔女のことで、大地を焼き尽くした魔法使いのことだ。


 あくまで架空の存在だけど、16歳の乙女が例えられて嬉しい存在じゃない。



「えー、嬉しくないなぁ……」


 いくらなんでも、そんなのと一緒にされたくないんだけど。

 例えば、炎の番人とか、火炎の申し子とか、そういうのがいい。


「灼熱の魔女? ひぃいええええ、領主さまは灼熱の魔女様だったんですか!?」


 ほーら言わんこっちゃない!

 ハンナが甲高い声で驚いちゃっているではないか。


「違うから! 今のは例え話だからね? 私が魔女だなんてありえないから!」


 私はハンナにしっかりと釘を刺す。

 領主として大事な時期に変な噂を広められたんじゃ困ったことになる。


 しかも、最強最悪の魔女とやらに勘違いされるなんて痛すぎる。

 自称・地母神の生まれ変わりとか言ってるのと同じだからね。



「ふふっ、ばれてしまいましたか。いかにもご主人様こそ、ある意味、灼熱の魔女なのです」


 しかし、ララは何を思ったか認めるような口調でハンナを煽る。


 あくまでも冗談の一環だと思うけど、純朴な田舎少女にそんなことを言うと、信じちゃうからやめてよね。


 ハンナって目が妙にキラキラしてるし、冗談を真に受けそうなタイプで怖いし。

 

「やっぱり! 森ドラゴンだって食べちゃうグレイトアースフィッシュを素手で倒せるなんてありえないですから! 村人にも粗相がないようにしっかりと伝えておきます!」


 ハンナはやたらと興奮し、いかにさっきの魚が凶悪なモンスターなのか力説する。

 あの魚は村人総出で挑んでも倒せないほどの脅威だったそうだ。

 いやいやいや、そんなことないでしょ。

 私がちょっと熱しただけで爆発しちゃったわけだし。




 ぐううぅううう……。


 ここでハンナのお腹から、とっても悲惨な音がする。


 ハンナは「も、申し訳ございません!」なんて赤面してしまう。

 あぁ、そういえば、彼女はさっきもお腹が空いて力がでないなんて言ってたよね。

 どうして、あんな焼き魚予備軍に勝てないのか、その理由が私にはわかってしまう。


「そっか、皆、お腹が空いてるから力がでないんだ……!」


 この村の人たちの栄養状態がすこぶる悪い。

 だから、魚をやっつけることができなかったのだ。


 やっぱり人間、ちゃんと食べなきゃいけないよね。


「ハンナ、バラバラにしちゃって悪いけど、この魚、食べられそうな部分があったら、もってっていいわよ。村のみんなで食べてちょうだい」


 とにかく精をつけてもらおうというわけで、私はハンナに魚を回収してもらうことにした。どうせこのまま放置しておいても腐るだけだし、モンスターは食べ物でもあるし。

 というか、私も普通に焼き魚にして食べてみたい。


「ひぃいえぇええ!? いいんですか!? 双頭のグレイトアースフィッシュは10年ものなんですよ! もんのすごく精がつく魚なんですよ?」


「私たちだけじゃ食べきれないし、もってっていいよ」


「ありがとうございます! 魔女様のご慈悲に涙が止まりません。魔女様、大好きです! 失礼いたします!」


 ハンナは私の手を取って、ぶんぶんっと握手をする。

 それから村へダッシュして帰っていった。





 あれ?


 ものすごく自然に『魔女様』って呼ばれてるんだけど。

 あっちゃあ、これって絶対、定着する流れでしょ!


「ララ、何てこと言ってくれるのよ! 魔力ゼロなのに魔女扱いされるとか最悪じゃん!」


「ふふ、それもこれも、ご主人様の力を知らしめるための作戦ですよ」


 私の必死の抗議もむなしく、ララは悪びれた様子もなくそんなことを言う。

 こんな辺境で作戦もへったくれもないと思うけど。


「それにしても、ご主人様、さすがですよ。領民のために食べ物を配られるなんて領主の鑑です!」


「いやいや、そんなたいしたものじゃないってば……」


 ララはそう言って褒めてくれるけど実感はわかない。

 食べ物があるなら分ければいいじゃん。


 確かに貴族の一部には貯めこむだけ貯めこんで領民には分配しないのもいるけど。

 私のバカ兄たちとか。


「ご主人様は立派な領主様ですよ。皆で力を合わせて、この辺境を最強国家にいたしましょう!」


 ララは嬉しそうにそんなことを言う。

 最強国家かぁ。

 私のスローライフを満喫したいという思いからはだいぶ外れているんだけどなぁ。


 でも、私を追放してくれちゃった父親と兄たちを見返すのはやぶさかでない。

 私は辺境の夕日を眺めながら、やる気を奮い起こさせるのだった。



【魔女様の手に入れたもの】

・グレートアースフィッシュの肉:辺境の地中に生息する巨大な魚型のモンスター。小型のドラゴンであれば飲み込んでしまう。こちらは双頭のものであり、凶悪さに磨きがかかっている。肉は白身で美味。


【魔女様の発揮した能力】

・熱爆破(大):触れたものに過度の熱を与えて大爆破させる。大型のモンスターに致命傷を与え、大地に大穴を開ける。人間に使った場合には集団規模を粉々に即死させる。

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