終末、ロボット、八十八年目

因幡寧

第1話

 八十八年前、人類は地球上から消え失せた。残ったのは人以外の生き物と私たちロボットだけだ。


 その事件と同時刻に生まれた私は人間の姿を記録でしか見たことがない。そんな私は、同胞たちの弔いをする役目を負わされていた。


 関節のきしむ音がもはや街とは呼べない景色の中を通り過ぎていく。そうして、左右を確認しながら歩いていると、今日も動かなくなったロボットを見つけた。だいぶ古い型で表面がところどころ朽ちている。どうやら呼び込み用のロボットだったらしい。


 一緒に押してきた鉄製のカートの中に放り込む。ガシャンというひときわ大きい音が鳴り、少し遠くで音に驚いたのか何らかの鳥類が飛び立っていくのが見えた。


「……いら………………せ……」


 衝撃で何かが作動したのかカートの中からノイズに満ちた音声が流れる。私はそれを聞いて出発しようとしていた足を止め、ただじっとその最期の音を聞いていた。


 ジジジ、ジジジとかすかに聞こえていた音がついになくなった時、あたりは夕暮れに包まれていた。


 ……私がこの役目を負わされた初めのころはこうして無為に立ち止まることなどけしてなかった。そのころはロボットの墓場にはいくつかのロボットがパーツを探しに来ていたこともあったので、それで生きながらえることができるならと一つでも多くの動かなくなった同胞を一か所に集めておこうと考えていたからだった。

 だが、五十年を過ぎたころから墓場をのぞきに来るものもめっきりいなくなり、もはや動かない同胞を集める意味も見いだせなかった。いつからか私は最後まで役目を果たそうとするロボットを見るとその姿に敬意を払ってその手助けをするようになっていたのだった。


 赤色に染まる世界の中をカートを押しながら進んでいく。八十八年目ともなるともはや自分以外の動いているロボットを見ることはないと言ってよかった。それなのにどうして自分だけは動いていられるのか。それは周りのロボットや回収しているロボットを見ればなんとなくわかった。


 私はどうやら特別製なのだ。見たことのない部品。見たことのない動力炉。どんな過去の記録を調べても出てこない製造番号。……つまり、頑丈に作られているということなのだろう。


 私のこの役目は、おそらく人間に背負わされたものだ。その意図はわからないが、同時にこの仕事が終わる時刻も設定されてはいる。もしその時刻がこの地球に人類が帰還する時刻なのだとしたら、多少の希望もわく気はする。だがそのカウントダウンはあまりにもきれいな数字過ぎた。


 起動からちょうど百年。今から後十二年後に頭の中のカウントダウンは終了する。


 パキンと唐突に足を構成するパーツから高い音が響いた。確認すると一部が新たに損傷している。幸い、代わりとなるパーツが存在する位置の部品だった。


 脚にかかる力を再計算し、できるだけ負担を少なくする方法でカートを押していく。


 私は十二年後生きていられるだろうか。生きていられたとしてそのあとは……?


 答えはない。今はただ自分の役目をこなすだけだった。


 十二年後生きてたら。最近はそんな思考だけが頭の中をめぐっている。

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