町と祭と神様と


「いや、ようこそいらっしゃいました。

私、平里町、町長の浅田と申します。」


「お世話になっております。先日は私のみの簡単なご挨拶で申し訳ありません。株式会社ラブディアから参りました、榎田と申します。」


「同じく、義亀です。

あの、失礼ですがお年をお伺いしても?」


町長:「32です。」


義亀:「お若いですね。」


町長:「あ、ありがとうございます。よく言われます。」


榎田:「話遮ってすいません。もっとお話ししたい事もありますが、時間も惜しいので、本題に移りますね。

早速ですが、今回のご依頼内容は、神田祭の再会に伴う、諸々の全ての業務について、指示やサポートということですが、お間違いありませんか?」


町長:「ええ。20年前、平里町が地震によって平里町は大きな損害を出し、復興の目処がたたず、町民の高齢化もありまして、祭りなんかやる体力はとてもじゃないけど残ってませんでした。

それでそのままずるずると、神田祭を再開させないまま時が経ってしまいまして。

本来神田祭は、田んぼの神様への感謝や無病息災、来年の豊作の願いを込めて行う、1000年以上の歴史ある、規模の大きい祭りです。

それを途絶えさせてしまったのはやはり大きな損失だなと。

私はもともとこの土地の人間ではなくて、復興のボランティアでこの町に来て、そのまま居ついてしまった人間なんです。

それに、神田祭については耳にしただけで、実際行ったことのあるわけではないんですが、ありがたい事に若い人員が、多くはありませんが増えてきていて、この際、地域の活性化のためにも祭りを復活させようと考え、皆さんにお声がけさせて頂いたわけです。」


20年前、平里町は断層による震度6強の地震に襲われ、木造が多かった家屋のほとんどが崩壊、死者6人、負傷者242人(うち重傷者35人)という被害が出た。

当時から過疎地域だった平里町は、この被害により事実上町としての機能を失ってしまった。


榎田:「わかりました。こちらも全力でサポートさせていただきますので、是非、神田祭を成功させましょう。」


その後、細かい話を詰めて、この場は解散となった。


町長:「お二人は今日も町を見て回られるんですか?」


榎田:「そのつもりです。本格的な始動は明日からになるかと。

次は3日後、お話できるとの事ですので、そこまでで今説明させていただいたプランをもう少し練り直して、それを実行していこうと思います。」


町長:「わかりました。よろしくお願いします。」


・・・・・・


町を見回りながら屋台の配置、山車の移動、御旅所の確認など、諸々の確認や改善点を見回る中で、ふと、町長の話題に変わる。


義亀:「良さそうな人でしたね。」


榎田:「ああ。その為にも、失敗は許されねぇ。」


義亀:「そういえば、おばあさんの狐の話、あれは確認するべきじゃないですか?」


榎田:「実害があるわけではないだろうが、まあ、確認ぐらいはしておくに越したことはねぇかな。

そもそもどのくらいこの土地に神がいるのか、どの場所をどいつが担当してるのか、わからないうちは余計なことをせずに済むように、万全を期すのは悪くない。」


義亀:「ですが、ここら一帯に稲荷神社の分社は確認できてませんよ?ホシ(*1)の神社にも。」


榎田:「京子さん...だったか?本来、八百万の神という考え方がある日本において、複数の神様を個人が信奉することは珍しいことではないし、そもそも半端ではあるが、ほとんどが無神論者みたいなもんだ。

 それでも神、特に土地の生活と密接に結びついてる今回のホシみたいな神は、自分の力の及ぶ範囲の人間に対して、守護契約をほぼ必ずするはず。」


義亀:「しかし、明らかにその影響下にあるはずの京子さん、若しくはその一家には、どうやらホシではなく稲荷神が付いている。

という事は、稲荷は屋敷神(*2)ですかね?数多いと聞きますし。」


榎田:「本来守護契約は一人に一種類の神だし、多分京子さんはそうだと考えるのが自然だろう。近いうちに確認に行ってみるか。」


・・・・・・


日本における祭事は、縁日など有名ではあるが、その目的は、神への感謝と、無病息災、豊作など、明日を生きる為の一つの重要な行事である。

神田祭もその例にもれず、棚田などの稲作が生活の中心であるこの地域において、豊作や無病息災、そして農耕の神への感謝のために行われる行事である。

元来は田植、成長期、収穫期と分けて3回行われる大きな行事であったが、近現代では、かける労力の多さもあり、基本的に夏の終わり、成長期に1回大きな祭が行われることでその代用としていた。

メインはニニギノミコト(*3)の神話を中心として、神楽を踊ること。

平里町の例の神社へ、ニニギノミコトを主神とする桐島神社からお迎えして行われる。


また、古くは田植祭、収穫祭もしていたが、田植祭は、桐島神社の宮田を利用し、牛や馬を走らせ観覧者たちに泥を浴びせた後、女性や宮司が田植え歌を歌いながら植えていくというものであった。

ほか、現在行われている神楽は収穫祭にて行われていたものを1回に集約しようとした際にそのまま持ってきたものである。

現在、祭りが行われている時期である成長期の祭りは、元々はお盆の祭りとしての趣旨が強く、盆踊りや花火等、全国の一般的な縁日としての色が強いものが行われていたという。


3回に分けてやっていた祭りとあって、やる事も多く、その中からできること選定した結果、神楽と盆踊り、花火などが2日間のうちに行われる盛り沢山な祭りとなっている。


そして、神楽や盆踊りの太鼓など、できるところは地元の青年団が用意をするが、今回榎田達が担当するのは、屋台の配置や通行止めに関する公的機関との連携、そして20年前に祭りが止まってしまったことによって途絶えた、花火師との関係の確保。

花火師の目処は平里町に来る前につけてきたものの、諸々用意すべき課題(主に金)もある。なるべく両者に対して利益になるようセッティングするのも今回の依頼では重要なところであろう。


一通り会場を見回ったあと、最後に桐島神社を見に行った。

歴史ある風格と、紅の色で染められた木々で建てられた立派な社、そして隣の土地には宮田に植えられた青々と元気よく伸びた稲穂たちがあり、それはある意味でとても幻想的な風景であった。


その後は、会う約束をしていたホシの神社へと急いだ。


この神社の名前は手綱たづね神社というと、昨日さやかの母親から教わっていた。主神はこの地に初めに根付いた一族の長だった人間とも言われているという。


榎田:「率直に申し上げると、我々としては、あまり悠長にはしてられません。

現在のあなたの状態はとても危険です。」


手綱の神:「わかっている。だが、万が一に暴走した場合は、すぐに殺せるよう手筈を整えておけば良いではないか?」


榎田:「あなたは腐っても神なのです。我々死神も対抗するために努力し、全く抑えられないなんてことにはならない様努めていますが、暴走というのは本来あってはならない状態であり、死神としても被害は免れません。

最悪、我々の死もあり得ます。」


手綱の神:「...では、そうならんよう殺しに来れば良い。が、25日迄は我も粘らせてもらう。次ここに来る時は、相応の覚悟を持ってやってくる事だ。」


榎田:「悪いですがそうは、って、えっ、ちょっ、えぇっ?」


榎田の体は高速で走っていた車にぶつかった様に吹っ飛ばされ、気づけば、強烈な酔いと共に、例の鳥居の前に倒れてしまっていた。


・・・・・・


義亀:「で。まんまと追い出されたと。」


榎田:「笑いたきゃ笑え。」


義亀:「しかし、こうなると先輩方の言っていた普通の神様と同じ感じでの処理になりますかね。昨日話を聞く感じだと、そうならないかもと思ったんですけどね。」


榎田:「俺たちの命は最悪どうでもいいが、他人の命も預かってんだ。最悪の状況にならないようとするのは、別に間違っちゃいないだろ。」


義亀:「そこはまあ、間違ってないですけど、彼の場合、単に生きたいという欲望とはまた違った目的がある感じなんですよね。」


榎田:「なんにしても、何かしらの対策は立てる必要がある。京子さん家の稲荷に協力を仰いでみるか。」


補足

(*1)警察などの組織において、捜査において最優先となってみつけるべき対象、もしくは、事件における犯人と目される人物を指す。ここでは、「平里町へ」で、義亀が話をした神を指す。


(*2)個人の家を護る神の一つ。主に小さな土地などを護る神のことを指し、室外で祀られることが多い。


(*3)名称は複数あるため、ここでは割愛する。稲穂、五穀豊穣など農業における神としての色が強いと同時に、宮崎県の天孫降臨の神話に登場するなど、日本神話においては名の通った神。


 



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