8月1日

昨日はマジ眠れなかった。

あの人が、まさかウチに来るなんて。

これなんてラブコメ?ホラー?

と思って、眠い目擦りながら、

朝ごはんをみんなで食べたの。

そういえば昨日お隣の福さんからもらったお稲荷さん、美味しかったなぁ。


そしたら、ばあちゃんとなんか話があってたみたいで、普段からよく話してくれるあの話をしてた。


・・・・・・


「いや、しかし朝がすごく清々しいですね。鳥の声で目覚めて、いい空気吸って。美味しいご飯朝から食べられて。健康そのものって感じで!都会とは違う!」


そう榎田がさやか達に平里町の持ち上げ営業をしている隣で、一心不乱に稲荷寿司と味噌汁を書き込む男がいた。


カッカッカッカッカッ、パチッ、

シャクシャクシャクシャクシャク、ズズズッ


さやかはその姿を見て、昨日から彼に抱いてる動揺やクールな印象が一気に崩壊し、少し笑ってしまいそうになった。


さやか:「あの、稲荷寿司、そんなに美味しいですか?」


義亀:ガツガツガツガツ...「あ、私にきいてますか?」


榎田:「お前もうちょい味わって食えよ。あーあーあーあー、きったない食い方するねー。すいません皆さん。めっちゃ美味あってのはわかるが、もうちょい人前での食い方ぐらいは考えろよな。」


祖母:「こりゃいい食いっぷりじゃぁ。たんと食べない。京ちゃんのお稲荷さんは、作ったら狐が寄ってくるくらいじゃけんの。」


榎田:「狐が?そりゃすごい。」


母:「やあねぇ、榎田さん。それはお義母さんの冗談ですよぉ。」


榎田:「いやいや奥さん、うちの相方ががっつくくらいですから、狐が寄ってきてもおかしくないですよ。しかし、こんな料理毎日食えるってホントいいなぁ。さやかちゃんは、一人暮らしだとやっぱ実家の料理食いたくならない?」


さやか:「...ふぇ?あ、えーっと。はい。まあ一人暮らしだと、座ってれば勝手にご飯が出てくることの方が嬉しいので、味についてはまあ。美味しいですけど、食べ慣れちゃってる感じもあるかな。」


母:「もう、いやだわー。舌が肥えてるから、私が料理作っても全然美味しいとか褒めてくれないんだから。もうちょっと感謝をちゃんと表現しなさいよ。」


さやか:「うるさいなぁ。」


そうして朝御飯を食べ終え、さやかはどうも奇妙な光景を目にする。例の二人が、食後ゆっくりしているおばあちゃんに狐の話を根掘り葉掘り聞いていたのである。


普段同じ話で本当かどうか確認したこともない、今まで聞いていた人全員が話半分に流していた祖母の話を、何かおおきな秘密を抱えている二人が熱心に聞きなおしている。

彼女の頭の中のサイレンが警告音をけたたましくに鳴らしていた。


・・・・・・


その後、二人は町長へ挨拶をしに行った。


突然話は変わるが、

(日本の)大学生というのは、暇である。

ましてや夏休みとなるともう、それはそれは暇である。まだ小学生の方が宿題がある分忙しいかもしれない。世界中を見てもここまで暇な生物というのは、(日本のここ大事)大学生以外には、おそらく見当たらないだろう。


その暇というのは、彼らを少なからず挑戦的にさせる。さやかもその例にもれず、何を思ったか、隣の渡邊わたなべ京子に話を聞いて、稲荷寿司と狐の話が本当なのかを、検証してみようと思ったのである。


ただ、こういった話を検証しようとしたのは何も初めてではない。

さやかがまだ徒歩で2時間かかる小学校に通っていた頃、集落の小学生たちで集まって、祖母の話の検証を試みた事がある。が、そこは小学生。集落を探し回って、そのうち目的を忘れておにごっこ、どじょう釣り、虫取り、かくれんぼ等、別の遊びにすり替わっていた。


そうした経験から今、ある程度成人し、精神が成長した大人であれば、たとえ祖母の話が嘘であっても、それが嘘だと証明できるだけの力は自分にある...少なくとも飽きて遊んだりするような単純な脳ではなくなってる...はず。


と勢いで考えて、勢いで鳴らした京子の家のチャイムの音が響いた瞬間、急に恥ずかしさが湧いてしまった。

京子は「あらー、さやちゃん綺麗になったわねー。何か用?ま、あがりね。」と、捲し立てるようにしゃべりながら、田舎特有の知り合いに対する懐の広さを発揮し、恥ずかしさのために固まっていたさやかをほぼ無理やり家へと招いた。


「帰ってきてたのは聞いてたけど、久しぶりに見るとやっぱり綺麗になったねぇ。」


「あ、ありがとうございます。」


「ちょっと待ってね、お茶準備するから。あー、ところで、今日はなんか用事があったの?」


切り込まれて、おじおじしながら返す。


「あの、私のおばあちゃんが、京子さんのお稲荷さんを目的に、狐がやってくるって話をよくしてるんですけど、それって本当なのかなって、ふと気になって。聞いてみたくて。

 すいません、大した用事じゃないんだけど。」


「はは、って。いっつんそれで呼ばれんから自分の名前やってわからんかったわ。

 で、えーっと、狐か。うんとね、私のお稲荷さんじゃ来たことはないけど、私のお婆ちゃんが作ってたお稲荷さんになら来とったね。」


「え、本当の話だったんですか?」


「うん。私の小さい頃やけど、狐がうちに来とったのは間違いない。というかねぇ、狐が家に来ることが普通やと思っとったから、小学校行って、誰のウチんも狐来んって聞いて、びっくりしたもん。」


「え、でもさ、その、お稲荷さん作ったから来たって訳じゃないよね?ん、いや、この質問意味わかんないか。

 その、例えば、予め狐さんとその京子さんのおばあちゃんが仲良くて、餌付けして味を覚えて、毎年くるようになったとか、そんなんだってことはない?」


「そこまでは悪いけどわからんわ。なんせばあちゃんよりずっと前から毎年、稲荷を作る時期になるとやってくるって聞いとったもん。

 ただ、ばあちゃんが亡くなって、一年位うちら家族が 街の方に家を移って、帰ってきたら、もうその年には全く来なくてねぇ。それ以来、ウチにはパッタリ来たことはないね。まだ私が作ったお稲荷さん食べてもらってないんやけどねぇ。

 そもそも、お稲荷さんの作り方は聞いて修行しとったから、今も味はかわらんはずやが。」


「じゃあ、ばあちゃんがいなくなったこととか理解してたのかな?ってゆうか、その狐って死なないわけじゃないよね?子供とかだよね?」


「案外同じ狐かもよ?もしかしたらさやちゃんも、こっちにおる間に会えるかもしれんねぇ。」


長いこと京子と雑談をし、気づけば夕方になっていた。

京子の人生や、さやかの大学生活の話、世間話等、女性の間で行われるごく一般的な話を、お茶とお菓子をたべながらずっと続けていた。

目的については忘れてしまっていたものの、

さやかはどこか、充実した一日を過ごせたと、心から満足して、京子の家を出たのであった。

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