KAC20226人形街の焼き鳥争奪戦

@WA3bon

第1話 焼き鳥

 焼き鳥。なんのことはない。鶏肉を串に刺して焼いただけの単純な料理だ。

 だが俺はこの単純な食べ物に目が無い。タレが効いた焼き鳥を頬張り、麦酒を一杯。その喉ごしと来たら──。


「焼き鳥が食べたいです」

「あん?」

 いつの間にかウトウトしていたようだ。

 ガランとした俺の店──ネロ人形工房に、鈴を転がすような声が響く。

「なんだって?」

「焼き鳥が食べたいです」

 聞き間違いかさもなくば幻聴か。確認してみるが、どちらでもないようだ。

「焼き鳥! 食べたいです!」

 聞いてもないのに三度目が来た。

 執拗に焼き鳥を要求してくるのは、エプロンドレスが可愛らしい女の子だ。黒髪に切れ長の碧眼が特徴的な、十歳くらいの外見である。

 だが彼女は人間ではない。魔力で生成されたコアを持つ自動人形である。天才人形師である俺の手による傑作だ。


「ノワールよ。今この店内を見てどう思う?」

「ガラガラです。閑古鳥だって鳴かずに泣きたくなる場所でしょうね。二つ丸をつけちゃいます」

 こいつは時々よくわからない言い回しをする。まぁ、目下客が居ないという事実は認識しているようでなによりだ。

「客来ない。お金ない。焼き鳥買えない」

 一息にそれだけ言うと、カウンターに突っ伏してしまう。

 

 ぐー。

 すかさず、気の抜けた音が追ってくる。俺の腹の音だ。貧乏メニューの定番である豆の水煮から豆が消えたのは何日前だったか?

 つまるところ水と空気以外のモノをまともに口にしていないのである。

「そんな俺に向かってさ? ヤキトリ? なにそれ? 効果抜群だぞ? 具体的にいうと四倍くらいダメージ入るわ……」

 本当にダメだな。自分でも何を口走っているのか全然わからなくなってきた。

 「だからこそ焼き鳥を食べに行くんですよ!」

 まだいうか……と憎悪のこもった視線を上げると、ノワールは一枚のチラシを掲げる。

『焼き鳥さんちゃんバンボラ支店開店記念! 今なら焼き鳥食べ放題!』

 かくして神は舞い降りた。越えられない試練は課さないってのは真理だったらしい。


「……なんて甘い話ねぇよなぁ……」

 焼き鳥さんちゃんとやらに行ってみれば、そこには人人人。焼き鳥店が軒を構える広場に所狭しとひしめいているではないか。

 無料で焼き鳥食い放題と言うだけでこんだけ集まるとは……この街の人間は暇人なのか? と憂いてしまうほどの人混みである。

「それをマスターが言う資格はないですよ?」

「分かってるわ……」

 ノワールの無粋かつ真っ当なツッコミにも返す余力がない。


「それで? こいつはどういうことなんだ?」

 集まった人々は一様に動きやすい格好で、思い思いに柔軟運動やウォームアップに励む。中にはハチマキをしているヤツまで居る。

 焼き鳥を食べに来たという感じではない。まるでこれから運動会でも始まるかのようだ。

 

「なにって……これからこの広場を一周して、上位五名に焼き鳥食べ放題の権利が与えられるんですが?」

「え? なにそれ?」

「言ったじゃないですか。聞いてませんでしたか?」

 初耳だし、ノワールは焼き鳥食いたい以外の情報をもたらしてない。

「ちなみに人形は出られないルールです。マスター、頑張れです!」

 言いたいことは山程ある。が、体力もないので黙っておく。


 しかし上位五人、ねぇ。

 ざっと見積もって参加者は百五十人前後ってところか。そして広場一周というのは結構距離がある。

「無理だな。帰るぞ」

 万全ならばまだしも、こんな足元もおぼつかない状態では完走すら出来まい。帰って豆抜き豆の水煮で豪華なランチだ。

「むぅ! 焼き鳥ですよ? ネギマ! モモ! 皮! レバーに軟骨です!」

 俺の襟首を掴むや、ノワールはズイズイと顔を寄せてくる。

 吐息がかかる。が、色気もなにもない。それどころか、このまま食われそうな恐怖心が芽生える。


「なんでそんなにこだわるんだよ?」

「だって! マスターは焼き鳥がお好きなので……その、私も一緒に、食べたくて……」

 言いながらノワールは頬を朱に染め、もじもじと目を逸らす。

 はぁ……。長い嘆息を一つ。

 これは反則だ。もう両手を上げて降参する他あるまい。

「わかったよ。やるだけやる。が、勝てるかどうかは別だぞ?」

「はい! マスターなら絶対勝てます!」

 ホント、反則だろそういうのは。


『参加者の皆様。スタート位置について下さい』

 マイク越しに案内が流れる。

 櫓の上でアナウンスしているのは焼き鳥さんちゃんの店長なのだろうか? 頭からすっぽりマントを被り、なんだか怪しい雰囲気である。 

「マントで隠すとは怪しげなヤツだな?」

 緑髪の女性が声をかけてきた。ベルデだ。スレンダーな美女、ではあるのだが彼女もまた人形だ。

 俺が手掛けたわけではなく放浪人形なのだが、どういうわけか工房に住み着いている。こう見えても稼働八十八年。つまりはおばあちゃんである。

「気合の入った格好だが、人形は出られないんだろ?」

 へそ出しの本格的な陸上スタイル。本気なのは分かるがルールは……あれ?

 あたりを見回すと普通に人形が混じっているではないか。いや、むしろ人間の参加者は俺だけなのか?

 どういうことだノワール!

「マスター、頑張れ~です!」

 観客席に抗議の視線を向けるが気の抜けた応援が返ってくるばかりだ。

「ふふふっ。担がれたようだな。いや、ノワールはお主の勇姿を見たいのだろう。女心を分かってやれよ?」

 うるせぇババア! と毒づきながら正気が完全になくなったことを悟る。

 人間と人形では身体能力に差がありすぎる。勝負にならない。


『それでは。位置についてよーい……』

 無駄に疲れる前にリタイアでもするか。後方の櫓の方へ踵を返す。

『ドォォォン!』

 どぉぉぉぉんっ!

 爆発した。スタートの号砲ではない。文字通り何の変哲もない爆発だ。

 爆風に煽られて参加者の大部分が吹っ飛んでいく。

「な? なんだっ!」

 バサッとマントを脱ぎ捨てた店長が身を乗り出す。

 赤いトサカに白いボディ。ニワトリ型の自動人形だ。

『ふははははっ! 思い知ったか! 普段鳥を焼いて食っている貴様らが、今日は追われる身になるのだっ!』

 意味不明な宣言とともに、店長が乗った櫓が見る間に変形していく。

『完全変形! 大型人形ブロイラー!』

 赤いトサカを戴いたニワトリの巨大人形。店長とお揃いだ。サイズが段違いだが。二階建ての建物とそう変わらないじゃないか。

『鳥の痛みを思い知れええええっ!』

 そのまま巨大ニワトリは地響きとともにこちらへダッシュしてくる。

「くそっ! なんなんだよありゃ!」

「ふむ。人形は学習能力が高い。言い換えれば感じやすいということだ。あの店長は恐らく日々鳥を捌く中で鳥に感情移入をしすぎてしまったのだろう」

 生存本能に従い全力で逃げる俺と並走しながら、ベルデが冷静に解説する。

「感情移入どころか鳥に乗っ取られてんじゃねぇか!」


 爆発を逃れた参加者も次々とニワトリの餌食となっていく。

 かく言う俺もヤバい。歩幅が違いすぎる上に、ブロイラーとかいう人形は図体に似合わずかなり俊敏だ。

「速いな。上がり三ハロン三十秒台と言ったところか」

 ベルデが分析するも単位がよくわからない。が、こちらの速度を遥かに凌駕しているのは確かだ。グングンと地響きが迫ってくるのを感じる。

「なんとか切り抜けるが良い。お主なら死なんだろ。多分」

 言うが早いか、ベルデは一気に加速して俺を置き去りにしていく。そりゃそうだ。人形だもんなアイツ……。

 俺はと言うと、既に限界まで肉体強化の魔術を施している。しかし折からの空腹もあって逃げ切れそうにない。

「くそ! だったら元を断つしかねぇじゃねぇか!」


 急ブレーキをかけると逆走しブロイラーへと突進する。

『バカめ! 粉砕してくれる!』

 巨大ニワトリが振り上げた黄色い脚をかわして跳躍。店主が乗る頭部に着地した。

 我ながらよくもまぁ上手く行ったもんだ。もう一度やったら潰されてミンチになってるだろう。

「小癪な!」

 店長はなおも諦めず、包丁を手に襲いかかってきた。

「気持ちは分からんでもないけどな」

 毎日鳥を締めて調理する。人間でも堪えるやつはいるかも知れない。いや、だからこそ人形を店長に据えているのだろう。

 だが、それでも。

「アンタの焼き鳥を楽しみにしてる連中がこんだけ集まってんだぞ!」

 包丁をかわすと、そのまま手を伸ばして店長の魔道コアにアクセスする。ハッキング。天才人形師である俺の特殊技能の一つだ。


「ぐぅぅ……俺は……なんてことを……」

 コアを一旦シャットアウトして再起動をかけた。どうやら蓄積したバグは解消したらしい。店長の瞳に宿っていた禍々しい意志はもう感じられない。

 事態は収拾できたが、惨憺たる状況である。広場は見るも無惨に穴だらけだし、爆発で損壊した建物も多い。

 ブロイラーから降りた店長はそのままうなだれてしまう。

「気を落とすなよ店長さん。ここはバンボラだぜ?」

「そうそう。爆発なんて人形師がしょっちゅう起こしてるから気にするほどじゃないよ」

 口々に人々がそう声をかけていく。皆一様に、瓦礫の撤去を手伝っているではないか。

 そう。こんな程度の事故はバンボラの街では日常茶飯事なのである。

 慣れとは恐ろしいもので、あんな破壊活動があったにも関わらず人も人形も大した被害を受けていない。

 

「ぼくはこれからどうすれば……?」

 放心状態の店長が誰にともなくつぶやく。どうすればって、そんなの決まってるだろ。

「そうだな。とりあえず焼き鳥食い放題を頼むぜ」

「麦酒も追加です!」

 いつの間にか背後に居たノワールが便乗してくる。


 その日。広場では夜遅くまで焼き鳥パーティーが開かれた。

 俺の人生で最高に旨い焼鳥の思い出である。

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