おばあちゃん
サヨナキドリ
おひいさまの米寿
「おばあちゃん、おめでとう!」
玄関を開けた彼女は、私が手に持った箱を見て目を丸くする。
「おや、珍しい。君がお菓子をねだるんじゃなくて、持ってくるなんて。何かいいことでもあったのか?」
「もう、おばあちゃんの誕生日でしょ。米寿だよ米寿」
おばあちゃんと呼んでいるけれど、正しくは祖母ではなく曾祖母・ひいおばあちゃんだ。昔、
『ひいおばあちゃんというのはめんどくさいだろ。おひいさまでいいよ』
と、まだ小学生くらいの私に、母に隠れて吹きこんだことがあるのだけれど、私が疑いもなく「おひいさま」と呼んでいたのが母経由でじわりと広がって、ついに祖母にまで「おひいさま」と呼ばれたところで「おひいさま」呼びは撤回になって、単に「おばあちゃん」と呼ぶようになったのだ。祖母が「おひいさま」と呼んだ時、おばあちゃんは「いままで見たことがないほど嫌そうな顔」をしたそうだ。「おひいさま」というのが、「お姫様」の古風な言い方だと知ったのは、それからずいぶん後のことである。
「それにしても、いつも思うんだけど、誕生日って何がめでたいんだろうね?」
私が持ってきたケーキをテーブルに出しながら、おばあちゃんが首を傾げる。
「いつも思ってるの!?」
「ああ、都合88回思ってる」
私は眉間にしわを寄せながら紅茶をすする。
「あ!でも女性の平均年齢が87歳だから、平均を超えたってことで」
私が思いついたことを言うと、おばあちゃんは少し目を丸くして言った。
「それは確かにいいことだ。私、あんまり平均より良くできたことってなかったから」
「ガハっ!?」
予想だにしない反応に紅茶を噴き出すと、おばあちゃんは咎めるような視線を私に向けた。
「笑い事ではないんだが?」
「あはは、ごめんごめん。おばあちゃんがそんなこと言うなんて思わなかったから」
「そりゃ、君が生まれた時点で私は還暦過ぎてたからね。他人と比べる馬鹿馬鹿しさはよく分かっていたけれど、私だって生まれた時からおばあちゃんじゃないんだから。子どもだった頃も、学生だった頃も、働いてた頃もあるんだ」
「へえ〜」
言われてみると当然なのだけれど、自分と同じ年頃のおばあちゃんというものが、少し想像できない。思いを馳せていると、おばあちゃんが言った。
「……その頃は想像もしてなかったな。まさかひ孫がこんなに大きくなるものだとは」
「そりゃ、ひ孫だっていつまでも子どもじゃないんだから」
おばあちゃん サヨナキドリ @sayonaki
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