田原総一朗を探せ

若奈ちさ

田原総一朗を探せ

 トレンドに急上昇してきた田原総一朗なる人物を、オレは知らなかった。

 オレの周りでつぶやいているヤツらを見ても誰?とかいってるほうが多い。

 本人と思われるアカウントは認証マークがついてないけど、著名人であるらしい。

 さらっと目を通してみたが、まれに見る堅物。

 ようは、オレとは違う世界線に生きるジャーナリスト。


 開設日はなんと10年以上も前。

 88歳でSNS使いこなしてるとか、嘘だろ?どうせ『中の人』がやってるんだろうなと疑ってかかっていたら、本人、着ぐるみの『中の人』をやるとかいってる。

 米寿を迎えるとてもめでたい記念日に、どういうわけか今日一日、着ぐるみをかぶって過ごすことを思いついたらしい。


 どんな着ぐるみをかぶっているかは内緒。

 東京23区内にいる。

 今日の24時に答え合わせをするから、この着ぐるみが田原総一朗だと当たりをつけたら、その着ぐるみの写真を撮って引用投稿しろ、という発信をしたのがトレンド入りの理由らしい。


 ただし、迷惑行為は禁止。

 田原総一朗はこの世でたったひとりしかいないのだから、目の前にいる着ぐるみは十中八九、他人。

 いきなり頭を取り外そうとしたり、声をかけて業務妨害をしてはいけない。

 もし、田原総一朗(着ぐるみ)を誰か一人でも撮影できたら田原総一朗の負け。

 即引退するという。


 早くもネット民総動員の隠れんぼかってほど盛り上がっている。

 見ず知らずの者たちが手分けして、みんなで着ぐるみの写真を片っ端から撮っていこうってのが今の流れだ。

 ハッシュタグは田原総一朗所在特定班。

 着ぐるみを撮影した住所も記し、なるだけ分散して多くの写真を撮影するローラー作戦のようだ。


 誰かひとりでも田原総一朗がかぶった着ぐるみ写真を撮ることが出来たら、田原総一朗の負けとなる。

 撮影できた者になにかを与えるとか、そんな話しはまだ出ていないようだが、勝利者の称号をもらえるだけでも充分だし、この祭りに参加できるだけでも楽しそうだった。


 このオレも参加するチャンスがあればそうするつもりだった。

 だが、自宅から大学までの道のり、あいにくと着ぐるみには出会わなかった。

 いつも注意深く観察していないからわからないが、普段の生活の中で着ぐるみに遭遇する機会はそうなさそうだった。


 スマホに送られてくる情報だけで状況を確認する。

 田原総一朗を見つけたと騒ぎになっていたが、それはまさにお祭り騒ぎ。

 どうみてもそれはテレビからのキャプチャー画像だった。

 バラエティー番組で、田原総一朗が出身地の公式キャラクターに扮したときのものだ。

 顔を真っ白に塗りたくり、笑ってしまうほど雑だけど、ひとめでそれとわかるキャラクターだ。


 こんなことをやってのける人物であったとは驚きだが、紛れもなく本人。

 これなら着ぐるみを着て街へと繰り出すことも、そう不思議な話しではない。

 もともとはテレビを作る仕事にたずさわっていたようだから、遊び心もあるのだろう。


 どこかのテレビ局と連携してテレビ撮影をしているのではないかと、都内にあるテレビ局を張り込む者も現れた。

 天気予報に登場する着ぐるみがあやしいとか、子供番組に登場する着ぐるみとか、ショップに置かれているテレビ局のキャラクターの中だとか。

 たちまちにして田原総一朗に関連づけられたキャラクター画像であふれかえる。

 この騒動を知らない人が見たら、なんのことやらわからないだろう。


 ひとしきりキャラクターの発掘作業が済んだら、次は#田原総一朗考察班が現れた。

 その誰もが外へ出向いて取材せず、スマホ片手にどっかりと腰を落ち着けた無責任な者たちだった。


 そもそも、なぜ、田原総一朗はこのようなことをやろうと考えたのか、というのが議題である。


 オレはこの遊びに理由があることなど想定していなかった。

『隠れんぼやろうぜ』に意味などない。

 せいぜい時間つぶしだ。

 田原総一朗は88年生きてきて濃密な時間を過ごし、やりたいことをやり尽くし、馬鹿げたことでもやってみようか、ぐらいの気楽さではじめたのではないかと思っていた。


 どこかのWEBサイトニュースでも便乗して報じていた。

 この騒動を嗅ぎつけて書いた憶測記事だ。

 田原総一朗はジャーナリストを引退したがっているが、周りがそうさせてくれない。

 だから辞めるための壮大な仕掛けなのだと。


 オカルト誌のSNSでは田原総一朗複数人説を唱えていた。

 タイムマシンを手に入れた若かりし田原総一朗がありとあらゆる時代を駆け巡り、この時代にやってきて、何らかの理由で88歳の田原総一朗をかくまったと。


 ある人は孫が誘拐されて言う通りにせざるを得ないから妙な行動を起こしているとか、『着ぐるみ』は隠語で組織的な犯罪に巻き込まれているとか、陰謀めいた話しまで飛び交っている。


 田原総一朗とは何者なのだ。

 どの話しも本当のように思えてしまうのはなぜなんだ。


 不穏さが増してきたのは#田原総一朗血祭り班の登場からだった。

 田原総一朗を見かけたら撮影せずにこっそり抹殺しろというのだ。


 これはさすがにおかしな方向へ動き始めている。

 ネットでは『田原さん逃げて』がトレンドだ。

 警視庁のマスコットキャラクターの中なら安全だとアドバイスしている者もいる。


 そして、今さらながらにこんな情報がもたらされた。

 Kホテルで午後9時より、米寿を祝う会と新刊の出版記念を兼ねたパーティが開催されるという。

 パーティには関係者しか招待していないようだが、Kホテルにも人がわらわらと集まりはじめているらしい。


 なんだ、と。

 ちょっとがっかりした気分だ。

 結局オレたちは宣伝にのせられてしまっただけだった。

 その様子を生配信するというので、もうこうなったら最後まで見届けてやると意固地になった。

 パーティ開始時刻が9時とは遅い時間だが、オレは配信に備えて飯を食って酒を飲みながら待った。


 9時より少し前だった。

 舞台の端からウサギの着ぐるみが数体現れた。

 カメラは必然的にその様子をクローズアップした。

 ウサギたちは会場内の音楽に合わせて軽快に踊っている。

 みんなそれぞれバラバラに踊っているが、この中に88歳の田原総一朗がいるとはとても思えない。

 あれだけ重いものを身につけ、リズミカルにステップ踏んで動くなんて、二十歳の自分でさえ相当きつい。


 一匹のウサギが袖にはけたかと思うと、イスを持って帰ってきた。

 一匹のウサギがそのイスに腰掛けると、別のウサギが座っているウサギの頭に手をかけ、とうとうウサギの面が割れた。


 そいつの顔を凝視する。

 若い。オレほどに若くはないが、明らかに田原総一朗よりも若い。

 一瞬、オカルト誌を信じてしまいそうになったが、全くの別人であった。


『みなさん今晩は。私の負けです』

 男は開口一番そういった。

 負けとはもちろん着ぐるみ騒動のことだろう。


『田原総一朗さんは素顔のまま今日一日を過ごしていたそうですが、誰にも見つからなかったようですね』

 男はそういって笑ったが、笑い事じゃない。

 抹殺計画まで出てたのだから。


『私は秋葉原にいました。携帯電話の宣伝をするプラカードを持って歩いていたら、うちの宣伝を勝手にするなと、トラブルに遭いまして、その様子を撮られてしまったのです』

 それはトラブルじゃなくて苦情だ。

 自分が迷惑かけるなと言っていたくせに。

 っていうか、あのSNSは偽物の田原総一朗だったのか?


『だから、今日限りで引退です。

この場をお借りできたのは田原さんのご厚意です。

田原さんとは無関係なことです。

お騒がせしてすみません。


私は10年前に、つい出来心で田原さんになりすましてSNSのアカウントをつくりました。

そんなこと、すぐに止められるだろうと思ったのですが、どういうわけか野放しにされていたのです。

おおらかというか、寛大というか、不思議な人です。


だから、私は今までずっと田原さんになりすましました。

ファンの方にもバレないよう、発言もそれっぽく、スケジュールも把握して、田原さんの分身に徹しました。


でもふと気づいたのです。

今日で、田原さんは私の倍生きていることになると。

なにもなしえていない私が、このままずっと田原さんになりすましていくことにむなしさを覚えたのです。

私はまだ人生の半分も生きていないのだと前を向くことにしました。


最後の悪あがきに付き合ってくれたみなさん、本当にごめんなさい。

私はこれ以上投稿はしません。

でももし、田原さんがアカウントを引き継いで下さるならその限りではありません』


 男は立ち上がり、頭を深々と下げるとそのまま立ち去った。


 そして9時。

 田原総一朗氏が登壇し、何事もなかったようにパーティは進行した。

 あの男の発言がすべて真実であるかどうかわからない。

 終わってみればあっけない結末だった。


 日付が変わった頃、ニセアカウントにメッセージが投稿された。

『ありがとう』

 文字だけで、誰の仕業なのかもわからない。

 けれどもなぜだか、田原総一朗氏がたどたどしく文字を打っている様子が脳内で再生され、微笑ましくその文字を眺めた。


 世間では『中の人』の反乱だといわれてるけど、反乱もエンターテイメントとして昇華できるのなら、それもまた一興だろう。

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