第7話
札の効果は永続らしい。あの日以来、二人はずっと別々に入浴し寝る。だが、二人とも何かおかしいという感覚はあるようだ。事あるごとに、「何か違うんだよな」と俺に相談してくる。もしかしたら俺が解決出来ることを、わかっているのかもしれない。
「お前、いちいち話が長いんだよ。要は、自分のエゴで曲げてしまった関係を修復したいんだろう?何を躊躇う必要がある。札を使えばいいじゃないか」
時音は簡単に言ってのけた。実際、彼の言うことは正しい。何か不気味だというだけで兄弟関係を捻じ曲げてしまった俺に非があるのは明白。札を使って戻すのが最善であるのだろう。
「だが、怖いんだ。あの二人が元通りになったら、今度は俺の気が狂うかも」
あの二人にとっては、それが幸せなのだろう。間違いない。だが、代わりにその状況を耐えてきた俺はどうなるのだろう。今度こそ解決出来なくなって、自分で自分を制御できなくなったら。それが怖いのだ。
「可愛い弟の為だ、我慢してやれよ。これはお前が引き起こしたこと、苦情は受け付けてないよ。道具は発明した側じゃなくて、使う側のせいで非難されるものさ……とは以前言ったけど、要はそういうことさ。僕は責任負わないから、好きにしてくれ」
確かに以前そう言ってはいたが
「無責任すぎるだろ」
気が付けば掴みかかっていた。着物はそれなりにきっちり着ているらしく、はだけたりはしなかった。時音の端正な顔立ちは崩れることはなく、ただ口元が綻んでいる。
「違うね、お前が頭でっかちすぎるのさ。お前がこの世界を望まなければ、狂わなかったんだよ。あの二人はね」
冷静に話し続ける時音を、どうしても殴りたくなった。左手の拳が時音の頬に直撃する。
「痛いな。だからお前は嫌いだ、暴力的すぎる。前時代的すぎる。自分のこと以外考えないエゴイスト」
時音の頬は赤みを帯びていた。肌の白さと一か所だけ赤い頬は、煽情的でもある。時音が女性であったなら、この場で手を出されていたことだろう。
「黙れ」
「嫌だね、事実を述べただけで怒鳴りつける老害ってのはさ。僕はお前に力を貸してやったんだぜ、恩を仇で返すような奴だとは思わなかったよ」
「思ってもないことを言うな、だからお前は嫌いだ」
この意見だけは一致しているらしい。時音も「そうだな、僕も嫌いだよ」と俺を睨みつけてきた。
「……で、三枚目の願い事は決まったのか?僕には関係ないことだけど」
「お前に教える気は無い」
俺は時音に背を向け、家を出ていった。もう顔も見たくなかった。話もしたくない。時音と居るだけで、気が狂いそうだった。
『自分のこと以外考えないエゴイスト』
否定は出来ない。だから弟たちのことを歪ませてしまった。時音は正しいことを言っている。だからこそ、嫌いだ。
時音に相談するまでもなく、札の使い方は決まっている。あの二人の関係を修復しよう。元に戻して、何もなかったことにしよう。
俺は急いで帰った。時音の家から駅まで。そして西武新宿線の本川越駅から、所沢駅まで。大した距離ではないのに長く感じるのは、心が焦っているからだろうか。狭山市駅を過ぎる頃には、焦りがピークに達していた。
“次は、所沢。所沢です。池袋線は、お乗り換えです”
お決まりのアナウンス。やがて、ドアが開くと改札口まで駆け出す。迷惑行為なのはわかっているが、そうせずにはいられなかった。
これは弟たちを救う為には、致し方のないことなのだ。
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