触れてはいけなかった、何か。

景文日向

第1話

俺の弟である茶也さや一茶いっさ(双子である)は、どうも様子が奇妙なのだ。他の奴はそれに気づいていないみたいだが。しかし、違和感の塊である。

まず、お互いの名前を時折間違えて呼んでいる。一茶が「茶也」と呼ばれ、逆も然り。本人たちは平然としているが、異常だ。一度「お前達、間違った名前を呼び合っているぞ」と注意した。だが、「何言ってんだよ兄貴」「変なの」と一笑されてしまった。変なのはお前らだろうが、と言いたい気持ちをぐっとこらえる。これは言っても無駄だと心の何処かでわかっているからだ。


二つ目。この歳__もう大学生だ__になっても一緒に風呂に入っている。ここまで来ると、気色悪い。「そういう趣味でもあるのか」と問えば、「そんなワケ無えじゃん、兄貴こそ何?そういう趣味?」とまた笑われた。本当に癪に障る。


極めつけは、二人同じベッドで寝ていることだ。もう二十歳になるというのに兄弟揃って寝ているのは、自分の常識からかけ離れている。普通兄弟というのは、もう少し独立しているはずなのだが。

それを本人達に言ったところで、「頭固いなぁ兄貴」「時代錯誤っつーんだよ」と散々いじられる。もうこの二人に干渉するのは、諦めた方が良いのかもしれない。


「……って、思いっきり相談してんじゃん。面白っ」

長くツヤツヤとした黒髪を束ねた男は笑った。表面上の笑み。昔からいつもそうだ。

「お前以外に話したところで、解決策が出ないことはわかっている。だから、お前を頼った。悪いか、時音ときね

着物を着ている分、優雅に見える所作をする時音。茶を飲むだけでも、サマになる。端正に整った顔立ちに、唯一日本人離れした青色の瞳。

「悪くはないさ。だが笑わずにはいられないよ。お前は誰より僕のことが嫌いじゃあないか。僕もお前のことが、何よりも嫌いだよ」

俺はそんな彼が嫌いった。何処か掴みどころがない不安さ。そして人を小馬鹿にしているような態度。全てが気に食わない。相手が俺のことを嫌うのは、一茶達も言う様に「時代錯誤」であったり「頭が固い」からだろう。それで良い、嫌い合っていて良い。一人ぐらいはそういう存在が居てこそ、人間関係が充実するというものだ。

「そうか。笑いたいなら笑え、わざわざここまで話をしに行く側の身にもなってほしいもんだが」

「あはははは。面白い面白い、お前が勝手に話しに来たんだろ。僕は頼んでないよ。第一さぁ、暇じゃないんだ。だから簡潔に問おう。あの二人にどうなってほしいの?」

時音は抑揚のない声で笑った後、俺の目を見て問うた。深い青色をした瞳は、人々を魅了してやまないことだろう。俺の赤色、血の色の瞳とは違って。

「それは、常識をわきまえた兄弟になってほしいと思っているが」

正直な気持ちを吐いた。隠していても何も始まらない。せめて風呂に一緒に入ったり、共に寝ることがないようにしてもらいたい。

「頭固い、だからお前は嫌いだよ。僕が思うにさ、人って越えちゃいけない境界線を持っていると思うんだよね。お前はそれを越えるどころか、壊そうとしている」

意味が分からなかった。境界線云々の話が、どうあの二人に繋がるのだろう。

「あはは。まるでわかってない。良い間抜け面だな。例えば、お前だったら何だ。よくわからないが、仕事のことか?お前は仕事人間だからな。お前は航空管制の仕事をしていたな。しかも誇りをもって。そこに土足で「航空管制とか意味わかんねーよ、こんなの人力でやってんのバカじゃねえの?」って言われている様なものだな」

「それがどうあの二人に繋がるんだ」

話を聞いているうちにイライラしてきた。いちいち表現が回りくどすぎる。どうせ時音の中で答えは出ているのだから、さっさと教えてほしい。

「お前は対人になると本当に馬鹿だな。要は、あの二人がやっていることはお前で言う『仕事』だし、そこに踏み込んじゃいけないのさ。誰だって不愉快だろ、自分の大事なものに土足で踏み込まれたら」

やっと理解できた。しかし、どうして二人はそんなことをしているのだろうか。意図がわからず、恐怖心が勝る。仮にも同じ血を引いている存在なのに。

「だから、あの二人にお前が言う『普通』の生活を送らせることは無理だね。ほら、諦めて帰りな」

時音はうんざりした様子で、溜め息を吐いた。

「……本当にそうなのか?」

「ん?どういうこと?」

「あの二人だって、頑張れば普通の生活を送れるんじゃないか?」

「お前の諦めの悪さ、本当に嫌いだよ。そんなに言うなら本人達に注意すればいい。僕は北中の家からは出た身だからね。下手にアドバイスは出来ないのさ」

「……もういい、帰る」

こいつに相談したことそのものが馬鹿らしく思えてきた。俺は荷物をまとめ始める。

「そうしてくれ」

時音の顔は、もうこちらを向いていなかった。


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