第一章 学園の混沌

01 その日が来たら

「い、い……いでよ、せせせ、聖剣せいけん……!」


〈Lv.01 新人ヌーブ 川島裕吾かわしまゆうご


「ふへ、ふへへへ……あへへへへ」




 川島くんは、ぼろぼろ泣いている。

 と同時に、ドラッグに溺れた人、みたいな感じで笑っている。

 あんまりイケメンとは言えない、隕石みたいなニキビ顔がぐにょんぐにょん歪んで、涙と鼻水でてらてら、光っている。なにかこう、絶対に見ちゃいけないものを見ている、って感じで妙に気まずかった。




 けど、手には光る棒。

 棒を持って……




 ……いや、持っている、というか、手から生えてる。

 光る棒……聖剣? が。


 頭上には……レベルと、名前。


 青白い半透明のウィンドウが、まるでゲームみたいについてる。


 周囲のみんなと同じく。


「……え、なに、まじこれ、え? 川島、お前なん?」


 笑いとイジりを武器にカースト上位に食い込んでいる南原なんばらくんが、隣の席から、かなり引きつった顔ながらもへらへら笑って川島くんに言った。また彼の、ネット上の名前をネタにする気なのかもしれない。なろうで川島くんが書いた小説をクラスのトークに回してたから、そのネタかも。


 でも「お前なん?」が、南原くんの最後の言葉だった。




「ケェェェッッ!」




 人を丸呑みにする伝説の怪鳥、みたいな声を出した川島くんが、右手から生えている光の棒を一閃。




 南原くんの頭がへらへらしたまま、地面に落ちる。




 ごんっっ、ごろん、ごろごろん。




 残された胴体は、ぱたぱた手を振った後、椅子と机ごと床に倒れ込んだ。

 鼻をつく、焼き肉の臭い。首が繋がってたはずの場所からしゅうしゅう、じゅうじゅう、音を立てて煙が上がっている。




「…………きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」




 黄色い悲鳴が上がって、そこでようやく僕たちは状況を飲み込んだんだと思う。


 全員の頭上に名前とレベル。

 教室中央には南原くんの頭と、離ればなれになった胴体。

 切り口は焼灼されているのか、血が噴き出しもしない。

 川島くんの光る棒は徐々にはっきりしていって、誰が見てもそれとわかる形で、剣、になった。

 勇者が魔王を倒す時に持っているのはこんな剣だろう、っていう。


「ふへへ、ふ、へへへへ……」

「…………お、おい、おい、か……川島、川島」

「……あ、先生」


 ぶぉん。


 答えながら、川島くんは手にした光の剣を投げた。


 ずぐむんっ。


 教室前方の出口から、今まさに逃げようとしていた女子の誰かが、背中から剣に串刺しにされ、壁に貼り付けになった。また酷い焼き肉の臭い。なのに服は燃えないらしい。なんて聖剣だよ。




「に、に、逃げるな、逃げるな逃がさない、逃がさないからなああああああ!」




 絶叫。

 そして頭上で点滅するウィンドウ。




〈Lv.03 新人ヌーブ 川島裕吾かわしまゆうご




 また手に聖剣を出現させた川島くん。

 まだなにが起こってるかわからないって顔で、ぽかん、としていた橋口はしぐちくんに突っかかってく。文化祭ではMC豆タンクとして、川島くん相手にラップバトルをさせて爆笑をとっていた、野球部のホームラン王。第3回冬の川島くんの鞄かっ飛ばし大会、夏の靴ぶっ飛ばし大会では見事連続優勝。


「に、逃げろ、逃げろ橋口!」


 先生の叫びもむなしく、振り下ろされた2本の光る剣が、するり、橋口くんの両肩から腰辺りまで入った。じゅう、という音が凄まじい。今度はぴょる、みたいな調子で血も幾分か飛び散る。橋口くんはひらかれた・・・・・自分の両肩を、こんな不思議な光景もあるんですねぇ、みたいに感心した顔で見て……


 ……そのままずるり、椅子から滑り落ちるみたいに、床に倒れた。




「に、逃げろみんな! 逃げろ! はやく!」




 先生が叫んで、川島くんに猛然とタックル。


 野球部顧問で休日は草野球三昧という先生のタックルは凄まじかった。ヒョガ(ヒョロガリキモオタクソ陰キャ→ヒョガキモン→ヒョガ。南原くんが命名してクラスの9割が先生のいない場所ではそう呼んでた)と異名をとる川島くんは哀れ、そのまま数脚の椅子と机にぶち当たりながら、クラス後方の壁に押しつけられる。




 クラス中に響き渡る、すさまじい音。




 これはいつもとなにも変わらない日常で、怯えて避難したら恥をかいて後でイジられる、みたいな思いは、その音と英雄的な行動で蒸発したんだろう。みんな脅かされた猫みたいに跳び上がって、まだ死体に塞がれていない後方の戸に走っていく。


「おい、押すな! 押すなってぇぇ」

「ちょ、踏んでる、踏んでる!」

「痛いってば! 痛い、痛いの!」


 将棋倒しと団子状態を合わせた、なんとも悲惨な状況に少し目をやってから、僕は席に着いたまま色葉と顔を見合わせた。彼女の頭上にあるステータスウィンドウも見た。ついでに僕のも。頷いた彼女を見て、恐る恐る、呟いてみた。たぶん彼女も同じことを考えているだろうけど……先にやらせてもらおう。




 冗談で言うのも恥ずかしい言葉。

 けど、一生で一度は言ってみたい言葉。




「……ステータス」




 ……。




 ……。




 ……。




「……あ、こっちみたい」


 と言った色葉が、空中でなにかをスワイプすると、顔を輝かせた。


「言い損かよ……」


 よくよく見れば視界内にメニューウィンドウらしきものがある。発声に追随するタイプじゃなかったようだ。ちょっと顔が赤くなるのを感じてから、僕も真似してステータスを開く。

 後ろの戸から出るのを諦めて、それでも川島くんが怖くて背中を群衆に押しつけながら教室の中を見ていた数人が、僕と色葉をまるで狂人を見る目で見ていたけど、気にしない。

 スクールカーストが低すぎていないことになってる僕にはそもそもどうでもいい話だし、単純な顔面偏差値の強さ、スタイルの良さ、負けん気の強さでいくらでもカーストをよじ登ってく色葉にも、人目なんかよりもっと大切なことがある。




 生き延びるために、最善を尽くす。




 でも……まったく、こんな世界になるなんて、誰か予想してたかな?

 非常時に役立つのは登山装備とか、化学や電気工学系の技術より……。

 なろう系の知識だなんてさ。

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