プロローグ 3

「この人、お客さんの何なんです?」

「妻だ。結婚してもう十年ほどになる」

 続いて出された似姿は、彼と彼女が並ぶものだった。いささか緊張しているらしい、今よりもなお固まった表情の依頼主の隣で、幸せそうな笑みを浮かべて彼女が彼に腕を絡めている。どちらもきっちりとした正装姿で、背景は教会のそれ。いわゆる結婚式の一幕を切り取ったものだったが、映る人物はこの二人だけだ。

「妖精族の結婚式は賑やかだ、って聞いたことがあるけど。ずいぶん静かにやったんだね?」

「……私は、妖精たちに受け入れられなかったんだ」

「あぁ、なるほどね」

 妖精という種族は、気質的に少々折り合いの良し悪しが極端だった。

 いわゆる「楽しいことが好きな気分屋」で「同族意識と縄張り意識が強い」 多種族と交わらないことはないが、この男性の種族とはおそらくうまく行かないことが多かったのだろう。

 妖精族と違い、ジャッカル頭の獣人は元来生真面目なことが多い種族と聞く。つく職も役人、教員、警察など、いわゆるお硬い役職が多いように思う。それはこの街に限った話ではない。

「それじゃあ、このお姉さんは故郷よりもお兄さんを選んだのか」

 そう言いながら、リーヴは男性にばれないように少し目を細めた。普段の目から、意識を少しだけ切り替える。細めた琥珀の瞳がほんのりと色を変える。

(……偽造は、なさそうだな)

 リーヴの目は、普通の人間とは少し違う能力を有しており、魔力の残滓や痕跡を視ることができる。少し注意すれば、偽造の有無くらいは簡単に判別できるのだ。

 そうして似姿を視ている間に、客の方もリーヴが何を懸念しているのかわかったらしい。その結婚式の似姿に加える形で、自身がつけていた指輪をひとつ渡してきた。結婚したその日、互いに愛を誓って贈りあった品物らしい。

 ふたりは愛の証として、送った指輪にそれぞれ魔法をかけていた。似姿の妻は、彼が仕事で怪我をしないように、身を守ってくれるようにと守りの魔法を。客の男性は、ひとり長い時間を過ごすことになる妻の心が病まぬよう、癒やしの魔法を。

 リーヴは指輪をテーブルから拾い上げると、ためつすがめつそれを視る。日頃からつけているものなのだろう。少しくすんではいたが、それでもまめに手入れをされているらしい、綺麗なものだ。

 指輪を注視すれば、指輪に何か魔法がかけられているのが視えた。彼が言う通り、指輪の装着者の身を守る魔法だろう。その魔法の色は、彼から漏れ出す魔力の色とは違うもの。

「危ないお仕事なんですか? 守りの魔法をかけて渡す、なんて」

「いいや。私は暁光地区で教師をやっている」

 暁光地区とはこの街、トラッキルスでも有数の富豪、上流階級と呼ばれる者たちが集まる地区だった。ここ最近、再開発されつつある中心地にあたる。リーヴにはあまり縁のない地区であり、できることならばこのまま適度に距離を置いておきたい、と願うばかりの地区である。

 暁光地区の治安は可もなく不可もなく、といったところだ。金を持つ者たちが集まっているところとなれば多少の荒事は起こる。それでも警察はきちんと機能しているし、自身の財産を守るために私兵を囲っているような家もある。

「そんなに危ないことはないが、心配性なんだ。出会った頃から」

 そう語る静かな声音にも、妻への思慕と不安が滲む。素敵な奥様ですね、とリーヴは笑みを見せた。似姿が偽造でないなら、その笑顔を見れば彼らが幸せな生活を営んでいたのは聞かずとも分かる。

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