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SNSを開くと、見慣れた白いシルエットが目に飛び込んできた。この数時間で、ずいぶんと閲覧回数が増えている。感想のコメントも、ちらほら付くようになってきた。ネットのあちこちに、順調に拡散されている様子だ。
〈名犬ましろ〉を生み出すに当たっては、デザイン面を莉央が、コンセプトを私が、主に担当した。分厚い毛皮とつぶらな瞳を目立たせるべく、体型はほぼ二頭身。ぬいぐるみ調にデフォルメし、極力シンプルな外観で描く、と方針を決めた。子犬の頃のましろを思い出させる、ころころとした仕上がりとなった。
妖怪との接点を作るため、「異界を旅する」という設定も加えた。ヒントになったのは、小町が描いた〈ひいが百回付くおじいちゃん〉の存在である。もっとも偉大な先祖に会うべく、ましろは冒険に出る。その過程において、妖怪たちと出くわすのだ。
彼らを退治する、という流れは避けた。ましろの知恵と勇気を認め、旅を手助けする存在として妖怪を描くことにした。それがきっと、小町の想像した世界の在り方だろうから。
「いい感じで伸びてるね」
と傍らから莉央が囁きかけてきた。今日の彼女は、私の選んだあの眼鏡を掛けている。よく似合う――そして綺麗だ。
金曜日の夕方だった。私たちは電車に揺られ、雛守に向かっている。例年どおりに〈夜行〉が訪れるとすれば、それは今夜なのだ。
普段ならば空席ばかりのはずの車両が、今は混み合っている。スマートフォンに視線を落としている周囲の乗客たちのことが、いつになく気にかかった。もしかしたら、もしかするかもしれない――。
「次は雛守、雛守です」
アナウンスが響くと同時に、車内がざわつきはじめた。大勢がここで降りるのだ。私の故郷の、小さな駅で。
かつて経験したことのない行列に混じって階段を上り、ようやっと改札に辿り着いた。駅舎から外に歩み出してみて、私はつい声をあげた。「うわあ」
ちっぽけだったはずの植え込みが、堂々たる大樹に変貌していたのだ。枝の隙間にはぼんやり、鬼火めいた不思議な光が揺らいでいる。電飾によるトリックなのだろうが、緩やかに色を変えながら浮遊するそのさまは、まさに霊魂であるかのように映る。
駅前の広場には、何年も見たことのなかった露店が立っていた。気合の入ったことに、店員はみな狐やら鬼やらの奇怪な仮面をかぶっている。砂糖菓子のような甘い香りが立ち込めていて、それだけでも気分がそわついた。
「小町ちゃんは? 来てるんでしょ?」
「お母さんと一緒のはずだけど――どこかな。ここじゃ合流するのに苦労しそうだね」
人波から脱しようにも、なかなか逃れられる空間がない。莉央と逸れないようにするのも精いっぱいといった感じである。連絡を取りたかったが、万一スマートフォンを取り落とそうものなら、回収は困難だろう。
「もう」と手を掴まれた。「こうしていよう。私、土地勘ゼロなんだから」
ふわふわと浮ついた心地のまま、人の流れに乗じて移動を始めた。握りしめた掌の感触ばかりが鮮やかで、温かく、そして愛おしかった。どこか遠くから、笛と太鼓の音が響いてくる――。
「今、このとき」まったく唐突に、誰かが歌うように発した。「大気には魔力が満ちている」
漣のように伝播する。あちこちから声があがる。
大気には、魔力が満ちている。
「紬、あれ」呼びかけられ、はっと我に返った。莉央の視線は上空に向けられている。「私の見間違い?」
頭上を、いくつかの影が隊列を成して、音もなく滑空していた。丸っこい、よく見知った形。
「――〈コタンこ〉?」
私の言葉に応じるかのように、一羽が舞い降りてきてすぐそばの枝に留まった。大きく丸い瞳でこちらを見据えているのは、確かにコノハだ。こんな場所にこんなに目立つ鳥がいるというのに、周囲の誰も気に留めた様子はない。
「そうか、忍者だから」と私は合点した。「忍法で私たち以外の目に映らないようにしてるんだ。そうでしょ、コノハ」
彼は宙を滑り、今度は私の肩へと移ってきた。猛禽の爪らしい硬い感触はなく、むしろただ、柔らかくて軽かった。元がぬいぐるみなのだから当然といえば当然だが、だとしたらどうやって、こうも自由に動き回っていることやら。
別の〈コタンこ〉たちも近づいてきて、私と莉央の肩やら腕やらを掴んだ。全員がいっせいに羽ばたきはじめる。
「嘘」
まさかとは思ったが、本当に宙に浮かんだ。コノハたちに持ち上げられているというより、自分の体が風船にでも変わってしまったかのような心地だった。徐々に高度が増す。
やがて人波を、駅舎の屋根を、街灯りを、見下ろせるほどの高さになった。私と莉央は手を繋いだまま、中空を漂っている。夜の風に乗り、ゆらゆらと――。
「ねえこれ、夢かな」と莉央。「これからどうしよう」
「分かんない。コノハ、どうすればいいの?」
〈コタンこ〉たちが私たちを引っ張りはじめた。行き先が分かるようだ。規則的に並んだ街灯のあかりを辿るように、濃く深い藍色の夜空を泳いでいく。
そうして飛んでいくうちに、商店街の入口が見えてきた。緩やかに下降し、着地する。
足許が寺社の参道を思わせる石畳に変わっていた。普段は確か、味気ない煉瓦色のブロックのはずだ。通路の両端には真っ赤な灯籠まで立ち並んでいる。
「今さら、なににどう驚いていいのかって感じだけど――ここ、いつもこうなの?」
「まさか。普通の商店街だよ、田舎の」
そのとき闇の奥から、なにか真っ白いものが勢いよく駆けてきた。風が唸り、私の前髪を揺らす。小柄な馬ほどもあるように思えた影が、私たちの眼前で急停止する。
「お姉ちゃん」白い獣の背に跨った小町が、笑いながらこちらを見下ろしていた。「ましろの〈ひいが百回付くおじいちゃん〉が迎えに来てくれたの。これから〈夜行〉のところに行くんだよ。ね、白狼丸」
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