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キャラクター商品の売り場である。こんなところにあったろうかと思ったが、期間限定の、いわゆるポップアップストアらしい。フクロウをモチーフとしたキャラクター〈コタンこ〉のグッズがずらりと並び、一帯はそのイメージカラーである淡いブラウンで染め上げられている。
「これ、今月末までなんだ。二千円買うとノベルティも貰えるの」
楽しげにグッズを手に取り、眺めはじめる。学校では見られない彼女の一面を知れたような気がし、私はつい頬を緩ませた。「〈コタンこ〉、好きなんだね」
「うん、大好き。〈コタンこ〉ってさ、SNSに投稿されたイラストが始まりだったんだよ。一個人のイラストが人気になって、キャラクター化して、今では全国展開してる。凄くない? まあこれだけ可愛かったら、人気が出るのも当然だろうけどね」
余程のこと入れあげているらしい。〈コタンこ〉は森の世界に住む守り神である、本当は自分たちをミミズクと認識している、しかし学術的にミミズクはフクロウの一種だと知っているためにフクロウと呼ばれても怒らない――といったことを、来栖さんは語ってくれた。
「ミミズクなんだ。ちなみにフクロウとミミズクってどう区別するの?」
「そのまま。耳が付いてたらミミズク。羽角っていうんだけどね。英語だとhorned owlで、角のあるフクロウ」
来栖さんがぬいぐるみを抱き上げて説明する。〈コタンこ〉のそれは、耳のようにも眉毛のようにも見えるデザインだ。
「グッズ、いっぱい持ってるの?」
「いっぱいってほどでもないけど――集められるだけは。知り合いに〈梨の天使らふらん〉のコレクターがいるんだけど、その人にはぜんぜん負ける」
私も小さなぬいぐるみをひとつ買うことにした。確かに丸っこくて、愛嬌がある。なにより彼女とお揃いだと思うと、嬉しくて仕方がなかったのだ。
レジに並ぶ段になり、私はふと、「〈コタンこ〉って名前はどこ由来なのかな」
「アイヌ語。シマフクロウはアイヌ語でコタンコロカムイ。村を守る神様って意味」
私はすっかり感心し、「博識だね」
「〈コタンこ〉自身が物知りって設定で、こういうのは全部、公式プロフィールに書いてあるんだよ。私はただ、そのまま引っ張ってきてるだけ」
私は頷き、棚を振り返った。「〈コタンこ〉っていろいろ仲間がいるよね。もう一匹くらい買おうかなあ」
「また来たときでもいいんじゃない? 今月末までやってるんだし。私もどうせまた寄るから。ノベルティもできるだけ集めたいしね」そこまで言うと、来栖さんは照れたように頬を掻いて、「ごめん、勝手に盛り上がっちゃった。興味持ってくれたんだと思ったら、つい」
「別にいいよ。私も――すっごく可愛いと思うし」
「ほんと?」と彼女は瞳を瞬かせた。「やっぱり、そう思う?」
「うん」
「よかった。〈コタンこ〉の魅力を分かってくれる人が、ついに現れた」
買い物を終えたのち、私たちは地下のカフェに場所を移してあれこれお喋りを続けた。クラスメイトだというのに、学校生活のことはほとんど話題に上らなかった。もっぱら互いに、自分の好きなものの話ばかりしていた――。
すっかり陽が落ち、あたりが暗くなりかけたころ、私たちはようやく帰路に就いた。駅へ向かう私を、来栖さんはわざわざ見送ってくれた。構内のざわめきのなか、
「ここから一時間以上かかるんだよね。遅くまで付き合わせちゃったね」
「そんなことないよ。すごく楽しかった。だから――」また一緒に、と告げようとして、言葉が詰まった。ついさっきまで平然と笑い合っていた相手だということが、途端に信じられなくなった。夢から覚めてしまったような気がした。
「また今度」
という言葉が耳に飛び込んでくるなり、私は卒倒しそうになった。来栖さんは付け足して、
「今月末までのどこかで。ゆっくりできるほうがいいな」
「じゃあ――週末とか?」
「周防さんさえよければ。どこか空いてる?」
「いつでも」本来はこちらから誘おうとしていたのだ。「来栖さんの都合のいい日で」
「だったら来週。ノベルティがちょうど切り替わるんだ。朝十時、〈翼ある乙女の像〉の前で。詳細はまた、連絡するから」
「分かった。楽しみにしてる」
じゃあ、と手を振り、来栖さんが遠ざかっていった。その後ろ姿が雑踏に覆い隠され、完全に見えなくなってしまってから、私はようやく改札を抜けてホームへと下りた。
座席を確保するとすぐに鞄を開けた。買ったばかりのぬいぐるみを袋越しに撫でる。
〈コタンこ〉の一員であるコノハは忍者に憧れを抱いており、特技は擬態である。いつでも静かに人間の傍に寄り添って、守ってくれる――。
スマートフォンから〈コタンこ〉の公式サイトを開き、来栖さんが教えてくれたとおりのプロフィールが掲載されているのを確かめた。コノハにしたら、という彼女の声を、脳裡に甦らせる。
なんか周防さんに似合うような気がするから。私がそう思うだけだけどね。
来栖さんが選んでくれたなら、これにする。大事にするよ。
スマートフォンを仕舞い、座席から伝わる規則的な振動に身を預けた。たった一日の出来事にこれほどまで浮かれている自分を馬鹿みたいだと思ったけれど、今日くらいはそれでいいと開き直った。小さく拳を握る。
窓外を流れ去っていく灯りが、なにかの魔法のように見えていた。不意に咽の奥が熱くなるのを意識する。
来栖さん、と唇だけを動かした。自分が笑いたいのか泣き出したいのかもよく分からないまま、私は夜の景色をいつまでも凝視していた。
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