緑火

ソウカシンジ

緑火

学校の銅像が燃えた、いや燃やした。僕がガソリンを撒いてライターを付け、火を放ったのだ。僕はこの銅像が嫌いだった、この学校の卒業生らしい芸術家が学校に寄贈したものだったが、にやついた顔と意味の分からないポージング、それに加え絶妙にはだけた服装が僕の感性をいやらしく掻き乱すのだ。だから俺はこの銅像を燃やした。夜に学校に侵入してまでこんなことをした理由は自分でも正直なところ分からないが、なぜか僕はこの銅像が嫌いだった。その後、学校の近隣に住んでいる人達の目撃により僕は通報され逮捕されることとなった。夜遅くだったこともあり、僕はひとまず牢にいれられ、事情聴取は先送りとなった。牢には二人ずつ入る仕組みらしく、僕は大人の男性と同じところに入れられた。ベッドの上に猫背で座る髪の乱れたその男性は、濃いクマをつけた目で僕を見つめて声をかけた。

「よう、新入り。お前はなんで逮捕されたんだ、殺人か、窃盗か、それとも強姦か。」

この問いかけで僕は悟った、この場所では犯した罪を聞くことは他人の趣味を聞くことと何ら変わりないのだと。

僕は少し驚きつつもその問いかけに答えた。

「放火です。」

それを聞いたとたん男性は嬉しそうに目を見開き口角をあげてこういった。

「おお、放火か。珍しいな、聞いたことはあるが放火犯本人と話すのは始めてだ。で、何処に火を放ったんだ。家か、それとも何処かの施設か。」

「学校の、銅像です。」

「ほう、興味深いな。それは何故だ。」

「銅像が、気に食わなかったからです。」

「成程、自分の感情に任せて火を放ったのか。それは面白い、そして実に典型的だ。」

「典型的とはどう言うことですか。」

「他の囚人から聞く話では、放火犯は最初の放火では感情に任せて火を放つことが多いらしい。そしてその後燃え行く物体に対して感動を抱くようになっていき、その感動を味わいたいがために放火を繰り返すというのが殆んどだそうだ。」

「では、僕はこれからも放火を繰り返していくと言うことですか。」

「ああ、その通りだ。そうなることを憂いているのだよ。いや、しかしながら今の君の反応をみる限りではどうやら君はそうなる可能性は皆無のようだな。」

「何故そう思ったのですか。」

「簡単な理由だ、君は感動よりも恐怖を感じているんだよ。」

「恐怖、ですか。」

「そう、恐怖だ。君は自分が放火の常習犯になることを恐れているんだよ。だから君は大丈夫、必ず普通の人間として生きていける。君の恐れは、君の味方だ。」

不思議な話を聞いて僕はベッドに入った。僕はあの人の口角が話している途中で少しずつ下がっていっているのが、目に焼き付いて眠れなかった。

翌朝目が覚めるとあの人は首を吊って死んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

緑火 ソウカシンジ @soukashinji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る