悪役令嬢は追跡者をごまかした!

すらなりとな

頼もしい先輩

「今回の任務だが、スラム街のど真ん中にある修道院の捜索だ。

 貴族のお嬢様が匿われた可能性があるという事で、探し出してこいってとこだな」

「修道院の癖に人身売買のマネたぁ許せませんな。

 任せてくだせぇ、先輩。俺は敬虔な信者なんだ。片っ端からとっ捕まえてやらぁ」

「あー、盛り上がってるトコ悪いがな、別に修道院は悪くねぇ。

 むしろ、追われてるお嬢様を危険をかえりみず匿ったって話だ」

「はい? じゃあ、なんで修道院にガサ入れするんですかい?」


 街の宿場の一角。

 中央からやってきた役人が二人、机を挟んでいた。

 部下が疑問を浮かべる後輩を前に、先輩と呼ばれた男が資料を広げる。


「なんでも、お嬢様を追ってるのが国のお偉い様らしい。

 お嬢様ってのは王子様の元婚約者で、無理やり婚約を破棄されたと思ったら、今度は別のお偉いさんから婚約を迫られた。で、嫌気が差したお嬢様は修道院で神に仕える道を選んだが、諦めきれなかったお偉いさんが連れ戻そうとしてるって話だ」

「なんですかい、それ。やる気なくしますなぁ」

「まあ、宮仕えのきついところだと思って諦めろ

 それに、これから探る修道院にお嬢様がいるとは限らねぇ。お偉いさんが掴んでるのは、修道院にいるってトコだけだからな。国中の修道院を片っ端から探り入れてるんだと。今回の調査も、適当に言い訳が付く形で終わらせりゃいいさ」


 資料を束ねて立ち上がる隊長に、慌てて立ち上がる部下。

 二人は宿場を出ると、スラム街に向けて歩き始めた。



 # # # #



「スラムで聞いた話だと、教会の評判は上々。

 炊き出しから孤児の面倒、病人に薬まで配ってる。

 お嬢様をリスク覚悟で匿ってる可能性が増えたな」

「俺のやる気は減りましたけどね」


 教会の前、街の住人に聞いた話を軽くまとめる役人に、後輩が悪態をつく。

 役人はそれをまあまあと適当になだめながら、玄関前で掃除に勤しむ修道女に目を向けた。


「シスター、少し良いかな?」

「はい? どちら様でしょうか?」


 後ろ姿では分からなかったが、随分な美人である。

 手入れされた金髪に、気品に満ちた所作。

 職業柄、様々な人を見てきたが、何処かの貴族のお嬢様と言われても納得するくらいだ。

「いきなり当たりか?」と嫌な予感を覚えながらも、役人は質問を続けた。


「いや、役人をやってるんだが、国の調査でね。人を探してるんだが……」


 が、最後まで言い切る前に、修道院の扉が開いた。


「イザベラちゃぁん、掃除手伝いに来たよぉ?

 ……ちょっとぉ、誰ぇ、その人ぉ?」


 妙に間延びした声とともに出てきたのは、まだ年若い、というより、幼くすら見える修道女。小さな身体に水いっぱいのバケツと雑巾を抱えながら、しっかりと役人に不審の目を向けている。


「いや、だから俺は……」

「ローザ、どうしたの……って、ぎゃーっ! また変態っ!?」


 そして、ついで出てきたシスターに、頭から水をぶっかけられた。



 # # # #



「この度は当修道院のシスターがご無礼を働き、誠に申し訳ありません。ちょうど先日、不審者の侵入がありましたので、皆、気が立っているものですから」

「いえ、修道院長。不審者なら仕方ありません」

「そうでさぁ。官吏の癖にいい加減な格好してる先輩が悪いんでっ!」


 騒ぎを聞きつけた修道院長に通された修道院の一室。

 後輩の足を踏んづけながら、役人はようやく仕事の話を進めていた。


「改めてお聞きしますが、このとこ、新しく赴任してきたシスターや事務員はいらっしゃいますか?」

「ええ、一名、最近になって、余所の修道院から受け入れました。先程、ご迷惑をおかけしたイザベラがそうです」

「なるほど、彼女の身元は分かりますか?」

「はい、受け入れにあたって、紹介状を頂いていますから、それを見れば。

 確か、王都の教会の出のはずです」

「拝見しても?」

「ええ、少々お待ちください」


 修道院長は棚から真っ白な封筒を取り出すと、役人に差し出した。

 開くと、大仰な書式の書簡に、偉そうな王都の修道院の署名が入っている。


(相変わらず、王都の宗教屋の連中は貴族ばりだな。

 だがまあ、王都の大聖堂の出なら、あの気品もあり、か。

 なぜこんなスラムのど真ん中のボロ教会に飛ばされたかは疑問だが……まあ、書簡があったといやあ、上も納得すんだろう)


 役人は素早く頭を回し、仕事を終わらせる言い訳を見つけだすと、丁寧に書簡を封筒に戻す。

 そのまま、修道院長に差し返した。


「ありがとうございます。

 いや、疑って申し訳ねぇ。こちらもシスターに聞き込みやっただけじゃあ、ガキの使いじゃねぇんだぞって、上に怒鳴られるモンで」

「いえ。こちらとしてもお探しの人が早く見つかるよう祈っています」

「あー、最後に全員に聞いている質問ですが、こちらの似顔絵に近い方を……」


 が、紙資料を取り出そうとして手が止まる。

 先程、ぶっかけられた水のせいで、似顔絵が崩れてしまっていたのである。


「……似顔絵はダメになってしまったので、名前だけ。

 イザラ、という女性に心当たりはありますか?」


 横で笑いを噛み殺してる部下の足をもう一度踏んづける。

 しかし、どうせ否定されるのだろうな、と思いながらの問いかけには、


「ありますよ。当修道院のシスターです。お会いになりますか?」


 意外な返事が返ってきた。



 # # # #



「私がイザラですが、どちら様ですかな?」

「あー、中央からやってきた役人です。こっちは部下。この度はご協力誠にありがとうございました。

 おい、次に行くぞ」


 出会った瞬間、おざなりな挨拶と共に、部下に声をかけて出ていこうとする役人。

 それはそうだろう。

 出てきたのは、今年で齢八十八だという老女だったのだから。


「あらまあ、王都のお役人さんですか。

 私も昔は王都で暮らしていたものです。

 あの時は戦争もあって……」


 しかし、脱出不能。

 老女は長々と話を始めた。


 過去に過ごした王都の景色がどうだっただの、

 当時は王都の貴族も修道院に送られることも多かっただの、

 かくいう自分も元は貴族の出だっただの、


 聞いてもいない上に、誇大な話が延々と続く。

 強引に話を断ち切って、こちらからイザラという女性を知らないかと聞いても、次々と話を脱線させてまともな回答が得られない。

 これだから年寄りの相手はイヤなんだよ!

 そう心の中で悪態をつくと、役人は立ち上がって叫んだ。


「ああ、もう時間だ! 色々と話をどうも! 我々はこれで!」

「まあそうかい? これからが面白いところなのよ?」


 後ろから何か聞こえるが、無視して扉を閉める。

 同時、後輩が吹き出した。


「いやー、初めは酷ぇ仕事だと思ったが、なかなか、楽しいっすね」

「テメーはホント笑ってばっかで何もしねぇな!

 ちょっともう一回あのバアさんの聞き込みに行かせてやろうか?」

「冗談じゃねぇ、俺は敬虔な信者なんでさぁ。

 シスターを疑って天罰くらうのは、隊長ひとりで十分ですぜ」


 役人は一言多い部下の足を踏んづけると、修道院の外へと歩いていった。



 # # # #



「……行ったかい。おい、もういいよ」


 役人が出て行ってからしばらく後、老イザラはクローゼットへと声をかけた。

 出てきたのは、イザベラ。


「すみません、匿っていただいて」

「構わないさ。

 アンタが見つかってたら、根掘り葉掘りまた質問攻めにするだろうからね。

 そっちこそ、せっかく年寄りの世話をしに来たっていうのに、こんなことになって、災難だったね」


 そう、役人が老イザラをたずねた際、イザベラも運悪く、部屋を訪れていたのだ。

 修道院最高齢のシスターの部屋の掃除を手伝うために。


「そういえば、今年、八十八なんですね。おめでとうございます」

「ありがとう。

 でもまあ、結局年を取ったってだけで、あまりめでたくもないがねぇ」

「ですが、東洋では、長寿の節目に当たる、おめでたい年齢だと聞きました」

「お前さんは、本当にいろんな知識を持ってるねぇ。

 修道女にしとくには、もったいない」


 イザベラは苦笑しながら、老シスターの部屋の掃除を再開する。

 本来なら自分の部屋は自分でが原則なのだが、老イザラは高齢ということもあり、他のシスターが交代で掃除の手伝いに来ていた。それでも嫌な噂ひとつ流れないあたり、この老シスターは人格者なのだろう。


「そういえば、シスター・イザラ。先ほどの話って、本当ですか?」

「うん? さっきの話っていうのは、どれのことだい?」

「ほら、お役人様におっしゃっていた、昔は王都にいたとか、元貴族だったとか」

「さて、どうだろうね。ただ、似たような話はいくらでも聞くよ。

 大貴族の娘をせっかく婚約者にしたっていうのに、聖女だのなんだのという他の女に走る愚かな王子様の話はね。血筋かねぇ。我が国の王や王妃は、誰かを貶めないと気が済まないらしい」

「はあ、貶める、ですか?」

「ああ。他の女を見つけた王子は、捨てる方の娘を散々に糾弾するのさ。

 婚約破棄の口実を現実にするためにね。

 少し前は愛をささやいていたというのに、勝手なもんだよ。

 アンタも、そんな経験はあるんじゃないかい?」

「いえ、そんな、私は、そのようなことは、ありませんよ?」

「ふふふ。まあ、そういうことにしておくよ。

 でも、否定したいのなら、もう少し表情を隠せるようにした方がいい。

 窓から見てたけど、役人に声をかけられた時、顔がこわばってたよ?

 ローザ達が駆け付けなけりゃ、ちょっと危なかっただろう」


 困ったような顔を浮かべるイザベラ。

 そんなイザベラに、老イザラは楽しそうに笑った。


「さっきの話の続きだがね、王子の元婚約者の方の娘は、他の権力者に嫁いだり、別の王子の方へ走ったり、一人で好きなことしようと隠居したり――まあ、世界の見方が変わるような体験をしても、それなりに幸せな道を自分でつかみ取っていったよ。

 八十八になってようやく気付いたが、私もここで人と話すのが好きみたいだ。

 お前さんも、幸せをつかめるよう、祈ってるよ」

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