缶ペンケース

竜崎

第1話 始まり

   恋はいつも唐突に始まる。


80年代の初夏。ボクは映画を観る事のできる唯一の場所、渋谷へやって来た。


また、アニメグッズが買えるショップが在るのも渋谷だけだった。

ふだんアニメを観ない人も観るほどの人気作、そのグッズが欲しかったのだ。


様々な商品の中で、ボクは缶ペンケースを選択。


デザインは二種類。派手な方を購入。学校に持って行った時、みんなにうけそうだな。そんな事を考えボクは満足感に浸っていた。


次の日。

案の定みんなの反応は予想通り。いつもより会話は賑やかになり、ワイワイやっていると、一人の女子が近づいてくる。


青山さん。あまり会話をした事は無い子だ。


彼女はボクの缶ペンケースを手に取り、

「あっ、このペンケース!キミも買ったんだ!私も!」


彼女は嬉しそうに笑い、ボクが買わなかったデザイン違いの缶ペンケースを見せてくれた。

「どっちにするか迷ったけど、派手なのはちょっと、ね。」

そう言った彼女は、また嬉しそうに笑って、


   「私といっしょだね!」


そう言い残して彼女は席に戻っていった。


     ボクは恋をした。


あれから数十年経った今でも彼女の笑顔を忘れることはできない。


青山さんは、背は低いがバスケ部で副キャプテンを務めていた。

クラスではまとめ役で、頼りになる人柄。彼女の悪口を聞いたことが無い。



家に帰ったボクは修学旅行の写真を、もちろん彼女のものを探した。


ボクはクラスの写真係だったので、旅行中は撮りまくっていたから、一枚位はあるだろう。


      …あった。


お寺の境内での集合写真。その右端で何故か彼女が踊るようにスカートをふわりとひらめかせているものがあった。


写真を眺めていると、キュッと胸が締め付けられ、苦しくなってきた。


このちょっと不思議な写真の、彼女が写っている部分を切り取り、缶ペンケースの敷物の下に隠し、そっとフタを閉じた。


なんだかイケナイ事をした様な気持ち。

 

胸の苦しみは、しばらくおさまらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る