失恋した君のためのちらし寿司

華川とうふ

失恋ちらし寿司

「ねえ、今日の夜ひま?」


 幼馴染の陽菜は、失恋すると必ず僕のところにやってくる。

 そして僕はそれを拒むことができない。


「ああ、暇だよ。どうしたの?」

「ケイちゃんの作ったちらし寿司食べたいなって」


 陽菜は人の気も知らないで無邪気におねだりする。


「なんのちらし寿司がいいの?」

「なんでも……でも可愛いのがいいな」


 陽菜はわがままだ。

 それは昔から変わらない。

 だけれど、とっても可愛い。


 陽菜はいつだって可愛い。

 どうして失恋するのかわからない。

 だけれど、陽菜は失恋すると必ず僕のところに戻ってくる。


 陽菜曰く、初めて失恋した日も僕のちらし寿司を食べたらしい。

 僕はいつのことかまったく覚えていないのだけれど。

 そのときから、陽菜は失恋すると必ず僕のところにやってくる。

 そして「ちらし寿司をつくって」とせがむのだ。

 僕は陽菜を慰めるために、陽菜が元気になるように、陽菜が笑顔になるように料理を作る。


 陽菜は僕の料理を食べて笑う。

 その瞬間、僕たちはまるで恋人同士みたいに見えるだろう。

 だけれど、陽菜は僕のちらし寿司をはじめとして料理を食べて元気になると、また新しい恋を探しにいってしまう。


 そして、失恋してまた僕のところにもどってくる。

 いつまでもこの繰り返しが続けばいいのに。

 僕は本当は怖かった。

 いつか陽菜が本当の恋を見つけて、僕のところにちらし寿司を食べにもどってこなくなる日が来るのではないかと……。


 だけれど、僕は陽菜が僕のところに戻ってくる限り、料理を作り続ける。

 幼馴染の女の子が目の前で何度も失恋するのをみるのはつらいし。

 大好きな女の子がまた僕じゃない誰かに恋をするのはつらい。


 僕は、陽菜にとってはただの幼馴染でしかない……。



 *****


 私には好きな人がいる。

 幼馴染のケイちゃんだ。

 ケイちゃんのことが好き。

 子供のころから好きだった。

 だけれど、私はそれを伝える勇気がない。

 ううん、昔一度思いを伝えようとしたけれど、フラれてしまったのだ。


 私は失恋すると必ず幼馴染のケイちゃんのところに泣きにいく。

 別に失恋が悲しかったことなんてない。最初の一回を除いて。

 だけれど、「失恋しちゃった~」とケイちゃんのところに言いにいくと、ケイちゃんは私にとびきり優しくしてくれる。

 そして、なんでも好きなものを作ってくれる。

 私は失恋して最初に食べる料理はケイちゃんのちらし寿司と決めている。

 ちらし寿司の具は毎回ちがうけれどふわふわでほんのり甘い卵が大好きだ。

 私はこれをひそかに『失恋ちらし寿司』と呼んでいる。


「失恋しちゃった……」


 そういうと、ケイちゃんはいつも少し困った顔をして慰めてくれる。


「陽菜は可愛いよ」

「陽菜の笑顔は世界一だよ」

「陽菜は性格もいいしいい子だよ」

「こんなに可愛い女の子をふる男なんて見る目がない」


 幼馴染のケイちゃんは私の欲しい言葉を全部くれる。

 ……私をふるのが見る目がないなら、ケイちゃんも見る目がない男の一人になってしまうけど。


 私はケイちゃんに思いっきりあまやかしてもらうために、失恋する。

 大抵は誰かと付き合っても私から別れを切り出してしまう。

 だって、一番最初に好きになった人のことを忘れられないから。


 はじめて失恋したのは、ケイちゃんが初めて料理を作った日のことだ。

 忘れることはない。

 今でもはっきりと覚えている。


 子供のころにままごとをしたときに、ケイちゃんはこう言っていたのだ。


「一番最初の料理は愛する人のために作るんだ」


 なのに……あの日、ケイちゃんの家に行くとケイちゃんは料理を作っていた。

 出来上がった料理は黄色の卵にピンク色のさくらでんぶ、キュウリの緑色があざやかでとても可愛らしかった。


「さっき、できたばかりなんだ。初めてにしてはなかなかうまくできたと思うんだ」


 ケイちゃんはそう嬉しそうに笑っていた。

 私の内心なんて気づかずに。

 どうして、私のための料理じゃないのだろう。

 最初の料理は私のために作ってくれると思っていたのに。

 私はその日、失恋した。

 一番大好きな幼馴染のケイちゃんの初めての料理は私のためじゃなかったのだから。


 *****


「なにか手伝おうか?」


 キッチンで幼馴染の陽菜は僕に聞く。


「大丈夫。慣れているから」


 僕はそう言うと、陽菜はちょっと退屈そうにこちらをみる。

 だけれど、僕は料理が得意なのだ。

 なんて言ったって彼女のために何度も作ってきたのだから。


「ねえ、初めて料理したときのこと覚えている?」


 陽菜は静かに聞く。


「もちろん、覚えているよ。あのときも、ちらし寿司だった」

「はじめての料理は愛するためにするって言ったの覚えている?」

「子供のときのことだろ? でもよく覚えているね」


 僕はちょっと意外だった。

 そんな小さなころのことを陽菜が覚えているなんて。

 僕は陽菜のために初めての料理を作ると宣言していた。

 そして宣言通りに僕は陽菜のためにちらし寿司を作ったというのに、陽菜はいろんな人に恋をする。


「なんで、私のために作ってくれなかったの?」


 陽菜の声は震えていた。

 そして、何をいっているのかわからなかった。


「どういう意味?」


 僕たちは答え合わせをする。

 僕はちらし寿司を最初から今まで陽菜のために作り続けていること。

 陽菜は僕のちらし寿司が原因で勝手に失恋してこっそり『失恋ちらしずし』と呼んでいたこと。


 僕たちはその日、二人で料理した。

 そして、陽菜は二度と失恋することはなかった。



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