愛は眠りし生きろよ俺ら

御厨カイト

愛は眠りし生きろよ俺ら


「……あなた、お茶が入りましたよ。」


「うん?あぁ、ありがとう。」


縁側に座りボーっとしている俺に、リリアさんは微笑みながらお茶を渡し、横に座る。


お茶を一口。


「……俺ももう88歳か。」


「いきなりどうしたの?この間、米寿のお祝いしたばかりじゃない。」


「いや、まぁ、そうなんだけど……」


「それに加えて、私たちが結婚して65年という節目の年でもあるわね。」


そう嬉しそうに笑う彼女。

俺もそれに釣られて微笑む。


「……ねぇ、何か悩み事?」


「えっ?」


「いや、珍しくこんな所に座ってボーっとしてるから……。」


「……うん、まぁちょっと。」


「そっか」



……彼女は優しい。

言い渋っていることを無理には聞いてこない。

あくまで俺が言いたくなったら聞くスタイル。


これに何年、いや何十年感謝したことか。



「……あと何年、俺は生きられるんだろう。」


口を開く。

隣からの視線を感じる。


「年々自分の衰えを感じるんだ。最近は尚更顕著になった。よく行く定食屋でも今では美味しそうに食べる君を見ながら番茶を啜る始末。」


「……もしかして嫌だった?」


「そんなことは全く無い。君が食べている姿を見ることが出来るのは幸せだ。だが、やっぱりあの頃と同じ様に同じ定食を一緒に食べれないのは些か寂しい。」


また、お茶を一口。


「それに一昨年は肘、去年は腰、そして今年は足が悪くなってしまった。足に関しては杖が無いと歩くのもままならない。」


「それは安心して、ちゃんと私がサポートしてあげるから。なんせ、まだ88歳の若者だからね!」


「あはは、確かに君のようにエルフは長命種だからね。88歳と言えど、体は若いままだからね。」


「なに、それはまだまだ私が美しくて、可愛いってこと?もうー、照れちゃうな~。」


「あぁ、そうだよ。君はずっと可愛いし、美人さんだ。」


「…………そんなに真正面から言われたら、……本当に照れちゃうじゃない。」



少し赤く染まった頬を手で隠す彼女。

それに微笑みながら、お茶を一口。



「冗談じゃない心からの本心は置いといて、こうも老いてきて『死』というものが近づいてくると、うん……。」


「……やっぱり、怖い?」


「……あぁ、もの凄く。この感覚が長命種の君に分かるかどうかは分からないけど、やっぱり『死』は怖い。」


「……」


彼女は思わず黙り込む。

お茶を、また一口。


「でも、一番怖いのは実はそれじゃなくて、君の事だ。」


「私?」


「そう。だって僕が死んだとしても君はこの先何年も生き続ける。……別に君のこれからを縛る気なんてものは一切無いんだが……寂しい。」


「あなたの事はずっと忘れないよ?今までも、勿論これからも忘れる気なんて一切無い。」


「そうか……。」


「そんなに心配なら、これからも私と一緒に生きて行けば良いじゃない!私もまだあなたとしたいこととかあるし。」


「あはは、それは無理だよ。君は長命種で僕は短命種。僕の方がどう考えても先に――」




「もう長命種長命種って聞き飽きたよ!あなたの方が先にいなくなっちゃうことぐらい分かってる!」



「!?」



「でも……、それでも私はずっとあなたと一緒に居たい……。それじゃあ、ダメなの……?」



俺を力強く抱きしめながら、彼女はか弱く涙を流す。



「……ごめん。」


「うぅん、私も急に取り乱しちゃってごめんね。でも、これが私の本心。私はずっとあなたと一緒に居たい。」


「それは俺もさ。俺も君とこれからもずっと一緒に居たい。だから、これからもどんな姿になっても俺の事を愛してくれるかい?」



彼女はその言葉を肯定するかのように軽く口づけをする。

何だか、彼女の「覚悟」までも感じた。





少しして、



「あっ、お茶無くなっちゃったね。新しく沸かしましょうか。」


「それはありがとう。」


「和也さんもずっと縁側にしたから体冷えてるでしょ。この間貰ったお茶菓子もあるし、居間の方でゆっくりしましょう?」


「おっし、分かった。そうするよ。よっこらしょっと……」


「あぁ、気を付けてね。」


そう言いながら、腕を支えてくれる彼女。


「……ありがとう。」


「うん」



ゆっくりと歩き始める。







これからの彼女と過ごす「時間」がこんな風にゆっくりだったら良いのにな。















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