第25話 トリスちゃんと約束の指輪
青天の
それはまるで間隙を縫うようなタイミングで現れた。
父様と母様。
そして、モーガンが帝都を離れ、帝国が新しい体制へと動き始めたまさにその時だったのだ。
残念なことだが、新体制の初動は希望に溢れた未来への第一歩にならなかった。
ジョンのオセ男爵領がある帝国西方に脅威が現れた。
国を揺るがす看過出来ない脅威だ。
手始めに襲われたのは深い森に隣接した辺境の小さな町モーラだった。
豊富な森林資源を生かした木製の家具で名を知られ、風光明媚な地として、観光客もよく訪れる町だったと言う。
一夜にして、物言わぬ骸が支配する死の町となった。
獰猛にして強大な怪物を前に人々はあまりにも無力だった。
怪物の名は双頭竜アンフィスバエナ。
双頭竜という名からも分かるようにドラゴンの一種だと言われていた。
蝙蝠のような一対の翼を持ち、ドラゴンの頭を備えた大きな蛇。
見た目だけでも人に恐怖を与えるのに十分な姿だ。
恐ろしいのは体が想像も出来ない程に大きいということだろう。
その巨体が鎌首をもたげると二階建ての家屋を見下ろせるほどだと言われている。
だが、アンフィスバエナの異様な点はその尾の先にもう一つのドラゴンの頭が備わっていることだ。
これが双頭の由来になっている。
そして、アンフィスバエナという魔物の厄介なところでもある。
二つの頭は全てを喰らい尽くそうとする。
飽くなき食欲の権化。
全てを喰らい尽くし、破壊せんとばかりの勢いで暴れることでも知られている。
その最初の餌食となったのが件のモーラの町だった。
この緊急事態に帝国もただ、手をこまねていた訳ではない。
軍務卿であるジェラルド兄様はすぐに動いた。
近衛・第一・第二騎士団から、精鋭を選りすぐった双頭竜討伐隊が編成されたのだ。
皇帝直属の近衛騎士団と第一騎士団は貴族であることが条件になっている。
実力よりも家柄が考慮されるのは致し方ないところだろう。
しかし、第二騎士団は家柄は関係なく、完全実力主義を旨とする騎士団である。
出身が何であろうと実力があれば、登用され、昇進の機会が与えられるということもあって、平民階級だけではなく、下位貴族出身者も多いと言われている。
結果、どうなったかというと討伐隊のほとんどが第二騎士団の騎士で占められるということになった。
当然といえば、当然の結果だった……。
「それで……あなたが行く必要あるの?」
何も変わらない。
いつも通りのわたしとライ。
二人だけの何気ない会話を楽しむはずの茶会なのになぜか、重苦しいのはなぜだろう。
「ああ。俺でないと駄目なんだ」
双頭竜討伐隊は全滅した。
近衛や第一の実力ある騎士が参加しなかったのも大きいだろう。
隠れた実力者には貴族の当主や令息が多いのだ。
討伐隊に彼らが参加しないことで最初から、分かっていた結果だったとも言える。
何より、一番の実力者ライオネル・オセが参加していなかったのだから。
「だからって、ライが一人だけで行くのはおかしいわ」
「仕方ないさ。それに俺が望んだことでもある」
そう言うと彼はどこか、遠くを……まるで未来でも見通そうとしているかのように思い詰めた遠い目をする。
わたしはその目に弱いのだ。
胸の中で何かが疼く変な感覚。
ディアにそれとなく、このことを零すと呆れられたのはつい先日のことだった。
「君に預かって欲しい物があるんだが……構わないか?」
「え? 何?」
まだ、否応の返事をしていないのにライは日の光で眩く、煌めく、小さな物を投げつけてきた。
わたしでなければ、反応出来ないと思うんだけど。
それはやや
意匠に古めかしさを感じるので燻んで見えるのもそのせいだろうか?
嵌め込まれた石はライの瞳に似た
「母親の形見さ」
「そう……」
ライの母親であるシーラ様は濡れ羽色の長く、美しい髪に
その話をしてくれたのはライの乳母を務めたコリンナという女性だ。
幼い頃に儚くなったのでライにも母親との思い出が少ないとも彼女は語っていたが……。
その少ない思い出の中で特に大事な物が形見の指輪だったと聞いている。
間違いない。
わたしの手の中にあるこの指輪がその形見に違いない。
どうして、そんな大事な物をわたしに?
そういうこと?
え? そういうことなの?
「いいかな?」
「いいけど……普通には預かってあげないわ」
ライがいつになく、真っ直ぐな瞳でわたしを見つめてくるから、ちょっと意地悪を言いたくなった。
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