第8話 トリスちゃん、すくつに乗り込む

 シャドーは狼だから、鞍がない。

 そもそもが馬ではない。

 跨ると何とも言えない乗り心地の悪さがあるんだけど、この際、妥協するしかない。


「シャドー、行きなさい!」

(ガッテン!)


 後ろで母様と兄様が何か、呼んでいるような……叫んでいるような声が聞こえた気がする。

 気のせいだろう。

 『あーあー聞こえない』

 『聞こえなかった』

 『知らなかった』

 『シャドーが勝手に走り出した』

 言い訳はいくらでも出来る。

 フォルネウス家の知将と呼ばれたわたしの考えた言い訳にしてはどこか、子供っぽいが実際、子供なのだ。




 内乱は確か、父様が軍を率いて、都を離れたところを狙って、起きたはずだ。


 ザカライア枢機卿は税制改革と貴族の領地改革を推し進めようとしていて、一部貴族の反発を招いた。

 彼らの枢機卿に対する反発心はくすぶるどころか、強く燃え上がる一方で政界で枢機卿と対立関係にあったウィステリア卿を巻き込んだ。


 ウィステリア家は帝国でもっとも栄えている一門と言っても過言では無い。

 何しろ、ザカライア枢機卿もウィステリア出身の人なのだ。

 帝室にも数々の寵姫を送り込んでいるだけでなく、実際に皇后になった者までいる。

 侯爵で止まっているだけで実質、第三の公爵家といってもおかしくないほどの権勢を誇っている家と言っていいだろう。


 しかし、ウィステリアは自前の兵を持たない。

 そこで仲間に引き込んだのがカラビア家だった。

 勇猛果敢で知られる武門の家だ。

 我がフォルネウス家とは長年のライバル関係にある家でもある。


 枢機卿とフォルネウス家が昵懇じっこんの仲なので思うところがあるカラビア家をうまく抱き込んだという形になったのだろう。

 だが、少数とはいえ、自前の兵を持つカラビア家は危険な存在だ。

 前世で起きた内乱事件では皇帝陛下を王宮に軟禁し、枢機卿を殺害するという暴挙に出ている。


 そして、都に戻った父様とジェラルド兄様が鮮やかな手並みで陛下を救出し、ウィステリア卿とカラビア家を処断したのだ。

 これが悲劇の始まりだった。

 フォルネウス家とカラビア家は不俱戴天の仇となってしまう。

 何としても、止めなくてはいけない。


 止めるにはまず、乱を起こした実行部隊でもあるカラビア家に乗り込むのが一番!

 危険ではあるが、何とか、出来そうな自信があるのだ。


 シャドーと会話が出来るようになったことで確信した。

 何と、シャドーだけではない。

 かなり、精神を集中させないと難しいけど、空を飛ぶ小鳥さんの声すら、何を喋っているのか、分かってしまう。

 女王ヘルがわたしに力を与えてくれたんだろう。

 彼女を祀る神殿はなかったはずだが、考えた方がいいのだろうか?


(お嬢。着きましたよ)

「シャドー。ありがとう。あなたはココで待ってなさい。おとなしく、しておくの。いい?」

(へい。お嬢)


 シャドーは下手な御者よりも遥かに優秀だった。

 カラビア家の屋敷へと迷わず、向かってくれただけではなく、目立たないように路地裏でわたしを降ろしてくれたのだ。

 ここからはわたし一人の戦い……。


 カラビア家の門扉もんぴは中々に立派な門構えだった。

 我が家は父様の趣味もあって、装飾に凝ったやや華美な印象を受ける門扉もんぴだが、このように飾り気がないのも悪くない。

 どこか、拡張高い雰囲気があるからだろうか?


「わたしはフォルネウス家のベアトリス! すぐにここを通しなさいっ!」


 堂々とそう言い切ったわたし。

 何だか、可哀想な者を見るような視線を門番に向けられている。

 どうして!?


「おいおい。面白そうなお嬢ちゃんだな」

「あなた達では話にならないわ。もっと上の者を……?」


 ゆっくりと押し開いていく門から、出てきたのは漆黒の甲冑を纏った背の高い男だ。

 まだ、年齢は若いようだが、門番二人の様子から、只者ではないことが分かる。


 太陽の煌きを思わせる金色の豪奢な髪……。

 この男、多分、カラビア家の者で間違いない!

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