二〇一六年八月十四日 2016/08/14(日)昼間③

 かつての同級生グループがそこにはいた。それでも数人は名前が思い出せない。


「あれ、本間だ」


「理代、久しぶり!」


「和泉さんだぁ。すごく懐かしいんだけど」


 思い思いに言葉が発せられ、錆びれた通りがにわかに騒々しくなった。


 理代がふてくされたように言った。


「皆で揃っているなら、連絡してよ!今日は、この炎天下で大川上流のゴミ拾いしてきたんだよ!」


 すると、メンバーの一人が笑いながら謝った。


「悪かったって。でもさ、しょうがねえじゃん。おれたち昼間は家族サービスだよ」


「僕も嫁さんに頭を下げて、二時間だけ時間もらえたんだ」


「私は子どもたちがお昼寝している間だけ、旦那に任せて抜けてきた。でもすぐに帰るよ。お盆で親戚が集まるから」


 各家庭の事情に、澄子は黙っているしかなかった。口出しするつもりは毛頭ないが、この話の流れは落ち着かない。そして男たちの集団に、例の如く澄子は少しずつ距離を取った。


「なあ、早く店に入ろうぜ。暑いっての」


 やや小太りで、頭髪が少し寂しくなっている男がわめいた。


 理代が小さく悲鳴を上げた。澄子も思わず固まる。


「か、門田くん?」


 その瞬間、他のメンバーから大爆笑が上がった。


「ショックだってよ!門田!」


「そうです、彼がサッカー部の期待の星だったイケメン門田くんです!」


 苦々しい顔で門田は仲間を小突いた。そして、理代に向かって口をひん曲げる。


「お前だって人のこと言えるのかよ!オレらだって、学年アイドルの理代ちゃんが良かったよ!何だよ、その腹は!ヤル気あんのか!」


「う、うるさいわね!ヤル気があるはずないでしょ!」


 言い争いながらも二人は笑っていた。このようなやり取り、かつての同級生じゃなきゃ無理だろうと澄子は感じた。


 ――大人になったら遠慮や気遣いばかりだもんね。


 その門田が澄子を見つめて言った。


「和泉は変わらねえな」


 ――またその言葉。


「本間と違って、安心するよ。というか、何でそんなに離れてるの?ビビりなのも変わらなくて可愛いじゃん」


 そこで笑い声が起こる。何となくバカにされた気分だった。


「そういや、本間と和泉は結婚してるのか?」


 メンバーの一人の問いかけに、理代が胸を張った。


「独身です。羨ましいでしょ」


 その顔は、引け目など微塵も感じさせない堂々としたものだった。澄子はこの数時間で本当に理代のことが気に入ってしまった。


 門田が理代を面倒くさそうに見た。


「威張るんじゃねえよ。どうせ相手もいないんだろう?何で前彼と別れちまうかなぁ」


「ちょっと、どうして知ってるのよ」


「この前の同窓会に出た連中から聞いた」


 さっきから気になったが、門田は酔っ払っているようだ。すでに、昼間から飲んできたらしい。


 理代がふてくされる。


「あの男とは相性が悪かったのよ」


「夜の?」


「はい、セクハラです」


「良いじゃん、聞かせてよ」


 澄子は門田に辟易した。中学時代からの変わりようもあって、嫌悪に近いものがある。


「和泉さん?」


 その時、ふいに背後から男の声がした。慌てて逃げると、相手も驚いた顔をする。


「あ、ごめん。ビックリさせちゃったね。久しぶり、清野です」


「えっと」


 澄子が思い出そうと必死になっていると、周りの同級生が声を上げた。


「あ、キヨだ!遅ぇよ!」


「ゴメン、鈴峰町は久しぶりだから迷ってた」


 理代が澄子に耳打ちをした。


「清野くんよ。小学校までずっと一緒で、中二の終わりくらいに転校しちゃったけどさ、陸上部で、頭が良くて……門田とよくコンビ組んでたのよね」


「あ――」


 そういえば、そんな子もいた気がする。


 理代がかつての同級生に声をかけた。


「ねえ、清野!コイツ黙らせてよ!」


「本間、変わったね」


「ふん、ありがとう!」


 笑い声が沸き起こる中、澄子は落ち着かなかった。


 門田が、いつの間にか、ずっとこちらを見ているのだ。


「それで、和泉は最近どうなの?」


 突然、水を向けられ、澄子は身体を強張らせた。


「お前もお相手募集中?彼氏くらいいるの?」


 周りの同級生も澄子に興味を向け始めた。


「でもさ、和泉さんは昔から箱入りって感じだったよね」


「結婚するまでは……みたいな」


「あ、良いねえ。身持ちが堅いのは、ポイント高いよ」


 澄子の呼吸が浅くなる。汗が止まらない。


 すると、門田が吐き捨てるように言った。


「バカ、身持ちの堅いアラフォー女なんて、重てぇだけだろうよ」


 その言葉、頭にハンマーが打ち下ろされたかのようだった。


 とても、理代と同じように笑って言い返すことなど出来そうにない。静かに湧き上がるこの熱は何だ。


 怒りか、悲しみか、よくわからない。


 その時、清野が門田の首に腕を回し、グイッと締め上げた。


「はいはい、そこまで。みんなとの麗しい再会を台無しにするんじゃないよ」


「いてて!離せよっ」


「女の子は、その時が来るまで大事にとっておけば良いんだよ。安売りしてどうすんだ。和泉、気にするなよ」


 清野は困ったように笑った。


 ――。


 あの当時は、男子の誰もが煩わしかった。


 それが、大人になり親になり、こうして助けてくれる存在にまでなった。


 ――やっぱり、変わっていないのはわたしだけか。


 結局、清野の言葉に周りも賛同し、門田を責め立てた。


「そうだぞ、門田。お前もいい年したオッサンなんだから」


「離せっての!何だよ、お前らも和泉も冗談が通じねえな!大人なんだから、流せよな」


 澄子は、その言い方に何故か腹が立った。


 ――この男だけは、本当に許せない。


 いくら同級生でも、いくら冗談でも言って良いことと悪いことはある。


 さんざん罵られた理代も、笑ってはいるが内心傷ついているかもしれないのに――。


 暑さのせいもあってか、澄子は気が立っている自分を抑えられそうになかった。


 大きく息を吸い込んで声を上げた。


「わ、わたしにだって……好きな人……い、いるよ!」


「えっ!」


 その場にいた全員が声を上げる。それよりさらに澄子は声を張り上げた。


「す、すずみね祭りのステージで、コンサートもやってもらうんだから!ライブよ、ライブ!」


「スミちゃん、それ本当?バンドマンなんてカッコいいじゃない!若い子?」


「あ、いや……バンドマンというわけでは……若くもないというか……」


「マジか!あの和泉が、イケイケな男を捕まえるなんてなぁ!」


「う、イケイケでもない……」


「何だよ、イケイケって!明治時代の流行語か?」


 大爆笑の中、急に澄子は気持ちがしおれてきた。勢いで余計な情報を与えたことに激しく後悔する。


 このままでは、飲みの席で、話のネタにされてしまう。


「ごめん……理代ちゃん。やっぱり……具合悪いかも」


 実際に目の前が回り始めた。


 澄子は同級生たちに頭を下げると、ふらつく足で逃げるように改札口へ向かった。

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