香華宮の転生女官
朝田小夏/角川文庫 キャラクター文芸
プロローグ
風花のちらつく二月の夕暮れ――。
わたしは会社帰りに遠回りをして、純白のウエディングドレスがディスプレイされたショーウインドウの前に立っていた。
写メを撮るのは、婚約者の
やりがいなんてゼロの派遣先とも、悠人が転勤になる来年にはおさらばで、今のボロアパートからついに引っ越せると思うと、ウエディングドレスはさらに輝いて見えた。
気づけば、街は家路に急ぐ人々で忙しい。
ニュースによれば、今夜は彗星が見られるロマンチックな夜らしく、街では、たくさんの恋人たちが腕を組んで歩いている。
わたしは一人、駅への近道に繁華街を歩き始めた。
焼き鳥屋からいい匂いがし、悠人が出張でなければテイクアウトして持って行ってあげたのにと思う。スーパーで特売の豚こまともやし、白菜を買ってエコバッグを片手に店を出れば、もう日が落ちそうだった。
街灯がつき、ネオンが群青色に滲んだ空に輝く。街に潜む無数のコウモリが黒い夜空に飛び立つのを見た時、わたしはふと、目の端に信じられないものを捉え、足を止めた。
「悠人……」
道の向こうにいたのは婚約者で、彼と手を繋いでいたのは、私の親友の
「なんで二人が――」
わたしは、ぼろぼろのパンプスで追いかけた。すり減って傾いたヒールのせいで走りづらい。それでも、人の肩を押して、通行人の群れの間から顔を出した。息を切らしたわたしがそこで見たのは、悠人が咲良の額に口づけをする光景だった。
「……嘘でしょ……」
今、思えばパニックになっていたのだと思う。
「悠人、ちょっと待って!」
わたしはそう叫ぶと、今にもホテルの中へ入ろうとする二人を止めるべく道に躍り出た。
「危ない!」
その刹那、わたしはヘッドライドに照らされた。
ドンという音。
視界が暗転し、全身に痛みと衝撃が走る。しかし、それもほんのつかの間だった。
気づくとわたしは闇の中にいた。
――なに? ここはどこ?
一歩踏み出そうとした瞬間、わたしは闇の深みに吸い込まれてしまう――。何度も必死に闇を掻いて、もがき上がろうとしたけれど、やがて力尽きてどうすることもできない。ただ溺れるように沈んでいくしかなかった。
気づくと、わたしは柔らかな地に横たわっていた。
――ここは……どこ……?
痛む脚で立ち、耳を澄ます。
聞こえるのは焦る自分の呼吸ばかりだった。左右を見回し、闇に目が慣れてくると、
静まり返ったそこに、蝶が一頭、空に飛んでいた。ひらひらと目の前を飛ぶ蝶に恐る恐る手を伸ばしてみると、一頭は二頭となり、三頭となる。
幾千という蝶がわたしを取り巻いた時、誰かがわたしの手を取り、さらに深い闇の中に引き込んだ。
わたし、
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