第13話 ASMRは環境音系が好き


 その後、あたしはミミックの圧に屈して何度か宍倉さんとの接触を試みたのですが。


 凄いです。もはや彼女は才能の塊です。


 五時間目を終えた小休憩。宍倉さんは廊下では常にイヤホンをつけているのですが、それに加えてスマホの画面を凝視していたので案の定通行人とぶつかります。そこで普通はですよ。普通は謝罪して終わりなんですが、宍倉さんが「邪魔だ退け」と発言したために、なぜか口論になりました。


 

 放課後、図書室で「世界の絶景と愛しの子犬・子猫名鑑~KAWAIに美を添えて~」という分厚い図鑑を借りようとしたところ、たまたま同じ本を借りようとした生徒と手が重なりました。普通はですよ。ごく普通はそのまま譲り合うか片方が諦めると思うのですが、宍倉さんが「なんだお前、私が借りようとした本だぞ手離せクソ」と相手方を突き放したので、なぜか口論に発展しました。


 そして今です。昇降口にて、宍倉さんは五人の女子生徒の集団に絡まれています。  

女子生徒の集団はピアス付けたりと染髪してたりと総じて格好が派手派手ですね。恐らくそっち系の方々で、宍倉さんは何かの因縁を付けられたのでしょう。


[……]


 悪魔がなんかあたしを凝視してますね。そうですよ!あたしも似たような恰好をしていますけども!あたしとは違い、彼女たちは身も心も喧しそうです。


「おーい、ヤクザ来たぞー」


 宍倉さんは声は出さねどギロっと鋭い目差しを向けて彼女たちを威嚇します。

 大抵の人には効果抜群なんでしょうが、彼女たちには逆効果のようです。


「ウゥー怖っ、コイツに手出すとイカつい奴らが乗り込んでくるらしいから気をつけろよ」

「マジか、背中にドラゴン入れてそうだしな」

「家庭科のナップサックドラゴンか?」

 

 女子生徒達は宍倉さんをダシにして、大して面白くもない大喜利大会で嗤いまくっています。宍倉さんは自分に被害があるわけじゃないので、怒りを堪えて素通りしてますね。しかし、ついに宍倉さんの肩を取り巻きのひとりが掴みます。


「お前のせいでアイツ居残りになったんだよ。なんでお前だけ呑気に下校しようとしてんの?」

「おい、あんま手ェ出すなよー。こわーい父ちゃんが乗り込んでくるぞー」


 女子生徒らは四方八方に宍倉さんを囲み、大喜利大会を続けつつ遠回しに宍倉さんを煽ってますが、宍倉さんはイヤホンを耳に装着しているのでどこ吹く風のようですね。そうかと思えば、女子生徒の一人が、宍倉さんのイヤホンを振り払って床に落としてしまいました。


「舐めてんの?おい、そのイヤホン外せよ」


「……」


 無言でそのイヤホンを拾おうとした宍倉さんの首元を別の女子生徒が掴みます。身動きが取れなくなったところで、宍倉さんの手が緩んだところを別の生徒がスマホを奪い取ってしまいました。  


「ちょ……」

「あっ?お前、なんだ?清流ASMR?ヤクザのくせにこんなの聞いてんのヤベー!!!!」

「……っ」


 何がヤベーのかよく分かりませんが、それを聞くなり女子生徒らはゲラゲラと笑いだしました。本当にあの手の集団は協調性だけはいっちょ前ですね。


「おい、なんか言ってみろよヤクザちゃん。それともカタギのおとーちゃんがなんとかしてくれるから黙ってんのか?大人げねぇなァ!!!」

「ほらほら!お口達者なヤクザちゃん!緊張で汗出まくってんぞー!反撃してみろー」


 あっ、ちょっと完全に頭にきました。今からアイツぶっ飛ばしに行っていいですか?


[まて、貴様が介入すれば事態がややこしくなるだろうが!!!!]

「はっ?アイツら流行に乗らないと生きてけないくせに今流行りのASMR馬鹿にしたんですよ?誰だってASMRを聞く権利はあるんです!それが例え893でも!!!」

[そっち!?]

「これは耳元で『音量設定間違えた咀嚼ASMR』を大音量で流して奴らの鼓膜を根こそぎ破壊するしかありません!!」

[待て!!!ヤツらは青髪娘を馬鹿にしただけだ!早まるのでない!]


 あたしは、現場から少し離れた柱に隠れながら、関節をボキボキ鳴らして奇襲体制に入ったのですが、その前に動きがありました。 


「なんでお前らはいつもそうなんだよ」

「お、ヤクザが口割ったぞ」

「おーい風紀委員のヤクザが死刑宣告するらしいぞー!あたしら殺されるんじゃねぇのー」


 女子生徒たちの煽りに、宍倉さんの堪忍袋の緒が切れたようです。


「……わたしを罵倒するのは別にいい……でも、好きなもんまで一緒に否定するな、ばか……」


「「「は?」」」


「……ッッッ!!一匹になると威勢がなくなる犬どものくせに!!ていうかわたしの方が反省文早く書き終わったからこうやって下校してんだよなんか文句あるか!?」

「なんだとコラ!?」

「もっぺん言ってみろこのクソヤク!!!」


 あーあーあーあれは口論を通り越して喧嘩ですね。とりあえずあたしは職員室に教師を呼びに行きますか。


 結局、何人かの教師が駆け付けて事態は収束。宍倉さんは職員室に連行されました。あたしは、もういいです。今日は部活に行きます。部室でマッコウクジラちゃんのASMRを聞くとします。

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