老人よ、少年に負けず大志を抱け

龍神雲

老人よ、少年に負けず大志を抱け

88──末広がりの8が2つ重なったこの数字は古来より、縁起の良い数字として日本で伝わっている。更に齢88歳を迎えた者は血の繋がりのある者達から米寿記念として贈り物を賜ったり祝ったりするのが一般的だが、その年齢を迎えた銀三郎は今日、そのどちらにも該当しない作りたての鍵を20歳の孫のアレックスから授かった。


「ハッピーバースデー、グランパ!これからも一緒にどこまでも楽しんでこうぜ!」


飛び切りの笑顔で笑うアレックスに釣られて笑顔になるも、銀三郎はある決意を口にする。


「ああ、楽しもう──そして夢を叶えよう」


銀三郎が目を細め手にしているこの鍵は、不法侵入をする為に使用する鍵だ。銀三郎は鍵穴を一瞬見るだけでその内部構造を精密に描き起こす透視能力が備わった義眼を嵌めている為、この鍵の型番の図面を簡単に描き起こす事が可能だった。ちなみに銀三郎が嵌めている義眼は鍵だけでなく大戦時等では飛び交っていた暗号解読、地雷探知、爆弾処理等にも主に使用されてきたが、それに適合する人間が少なく酷使し続けると神経障害を引き起こし最悪、狂牛病の様に脳がスポンジ状態になり、その義眼を使用していた人材が次々と死に絶え有効な治療法も見付からなかった為に已む無く、使用禁止になり廃版となったのだが、銀三郎はその義眼を13の時に埋められ今現在88になった今も何の症状も発症せず使用する事ができる、唯一適合した人間だ。


さておき、銀三郎が描いた図面からバトンタッチして鍵の複製を作り上げるのは銀三郎の実の孫のアレックスで、アレックスは幼い時から手先が器用なだけでなく銀三郎が徹底的に教え込んだピッキングスキルの取得も早かった為に一緒に裏業界で成り上がり、銀三郎とアレックスのスキルは忽ち裏業界やブラックマーケットで話題を呼び、北欧神話に登場する『フギンとムニン』という通り名が付けられ彼等に依頼する者が後を絶たなかった。二人は持ち前のスキルを生かし裏業界で暫し暗躍していたが、銀三郎の年齢と体力が気掛かりだったアレックスは足を洗う決意をし、銀三郎にもそれを伝え二人一緒に足抜けした。それからは一般の鍵開けや鍵修理の仕事に就き全うに仕事をするようになったのだが、それでも不法侵入をする為の鍵を作ったのは、年齢を重ねても尚、スリルと興奮を味わいたいとする銀三郎の夢実現の為で、今日、それに届く第一歩を踏み出せる可能性の高い人物が日本に帰国した情報を得たからだ。


「なぁグランパ、成功したらウォッカ飲もうぜ!そして最高の誕生日にしよう」


「ああ。そうしよう」


夜も更けた頃、銀三郎とアレックスは準備を整えたのちサイドカーに乗り込み目的の場所へと向かった。住宅街、繁華街を抜けると街灯も段々と少なくなり、草木が生い茂る海沿いの舗装されてない砂利道へと入った。その砂利道をひたすら走り続けていると灯台と英国作りの建築物が見え、軈て、厳かな雰囲気漂う錬鉄製ロートアイアンの門扉が視界に映り、銀三郎とアレックスは計画した通りにその建築物がある門扉から離れた木の茂みにサイドカーを隠すして駐車したのち、そこから徒歩で門扉の前まで歩を進めた。門扉の前に立つと銀三郎はアレックスの背中をそっと叩いた、"お前ならできる"と。


(グランパ、何時もありがとう)


アレックスは気合いを入れ早速、解錠に取り掛かるがそこは鍵ではなく針金1本で突破した。門扉をくぐり庭に配備された警備兵達をやり過ごしながら各所に点在している防犯システムのカメラを銀三郎の義眼の性能を使い潜り抜け、そしてその先に待ち構える認証システム──という物はなく、アレックスが作り上げた鍵1つで開いてしまう簡素な扉があるだけなので後は、赤子の手をひねる様なものだ。


グランパ、開けてみて」


「ああ」


慎重に鍵穴に差し込み回してみればカチリと見事に一致した音と共に扉が開かれた。


「やったぜ!」


「やったな」


アレックスと銀三郎は軽いグータッチを交わし、開いた扉の先へと数歩進むが刹那、弾を装填する音が聞こえた為に立ち止まった。


「そこまでよお二人さん。何を盗む気かは知らないけれど──この先は女の花園ってご存じかしら」


薄暗い室内に艶っぽい声音が心地良く響き渡るが、女が手にしている物はそれとは真逆なショットガンで、近距離で撃たれれば言うまでもなく臓物が飛び散る物だ。しかし銀三郎は臆せず女に語り掛けていく。


「お嬢さん、我々はその花園にある蜂蜜をどうしても採取したくてね、その芳しい匂いに釣られて相棒とやってきたまでさ。なぁに、ちょいとばかり蜜を採取するだけさ」


銀三郎が老獪に伝えると女は困った人達ねと長息し──


「そう。でも残念ながら此処には蜂蜜酒ミードは無いわよ?あるのは鉄の塊と、血に濡れて染まり過ぎた私の手だけ」


女はクスリと笑いショットガンを手にしたまま銀三郎に近付くと、その頬にそっと唇を寄せキスを落とすが──


「全く──。もういい年なんだからこんな方法で侵入するのは止しなさいよ。いい加減にしないと命を落とすわよ?」


ショットガンの銃口を下げ室内の証明を点けた女は懸念を口にした。


「あちゃー、ばれたかぁ~。流石はレナさん」


アレックスは褒めるがレナは靡かず形の良いぷっくりとした唇を尖らせながら問い質していく。


「バレるに決まってるじゃない。貴方達と違ってこっちはまだ現役なんだから。それよりもどうしたのよ、こんな夜中に突然押し掛けて」


レナは銀三郎とアレックスの事は裏業界にいた頃から知り得ていて、一緒に仕事もした経験もあったので慣れ親んだ仲だがそんなレナも今は諜報員でスカウトされたのが切欠だったとか何とか──本人は詳しく語ってくれないので細かい事情は分からないが、諜報員であるのは事実だ。とまれ、アレックスはレナの質問にふざけて返していた。


「此処に押し掛けたのは勿論、レナさんの可愛い寝顔を見る為です」


「嘘ね。それと大人をからかいたいならもっと捻った言い回しをしなさいな、坊や。そうねぇ、銀サブちゃんからテクを学ぶ事ね。それから私、答えを待たされるのが嫌いなの、さっさと結論から話してくれる?」


レナは一人用のソファの横にショットガンを立て掛けてから腰掛け促してきたが、室内の明かりが点灯した事でレナの格好は何とも劣情を煽りたてた。素肌が少し透けた短めのベビードールからすらりと伸びた脚、そして胸元が大胆にカットされたデザインは20歳のアレックスの思考を大いに狂わすには十分過ぎる程の物で……


「うん!俺はレナさんのはちきれる暴力むねに埋まりたい!!」等と関係のない、胸に関する事柄を思わず口にしてしまうのだった。


「ねぇ坊や──私は結論から話してとたった今言った筈よ。それとも──、死にたいの?」


にこりと笑うレナだが目許は全く笑ってなかった。


「サーセン……真面目に話します」


アレックスは煩悩を叩き出してから早速、今日が銀三郎の88歳の誕生日であり米寿を迎えた事を口にした。するとレナは目を見開き「そうだったの!?早く言ってよ!」とソファから立ち上がるなり銀三郎の元へと駆け寄って抱き付き「おめでとう、銀サブちゃん」と再び頬に唇を寄せ、今度はリップ音を鳴らしてキスを落とした。


「ありがとう、レナ」


銀三郎は娘を見るような目付きでレナに微笑んだ。


「ねぇねぇ、レナさん。銀三郎は今年88歳ですよ?分かってます??」


理解できないと言った感じのアレックスにレナは冷たい視線を送り、


「紳士に対応して、胸元をみない事ね」


はっきりと告げた。アレックスは自制できない案件だと肩を落とすが気を取り直し、


「まぁ取り敢えず目的の場所と目的の人物に会えた事だし、ウォッカ飲んでグランパを祝いますか」


持ってきたウォッカのボトルを取り出したが銀三郎はそれを制し、レナに切り出した。


「レナ、今日は君に頼みたい事があってきたんだが……聞いてくれるかな?」


「勿論、銀サブちゃんのお願いなら何でも聞いちゃうよ──って言いたい所だけど、内容によりけりかな。どんなお願い?」


レナが尋ねれば銀三郎は長年の思いを、夢を打ち明けていく。


「私には夢があってね──この世界のブラックボックスとされている理の鍵を一度でいいから、生きている内に解錠してみたいんだよ。世界を飛び回って活躍する優秀なレナならその在りかを知っているかと思ってね。それで今日、レナが日本に帰国した情報も丁度得たから尋ねたんだよ」


するとレナはぽかんとするも次には「素敵な夢ね!」と口にし「いいわ、協力してあげる!実は私も一度見てみてみたかったのよねぇ。そこに何が記されているとか内容はどうでもいいんだけど、そこまで辿り着くスリルを味わってみたかったのよ」


レナは乗り気で浮き浮きとしながら話し始めたので利害は完全に一致した。そして銀三郎、アレックス、レナは米寿のお祝いをしながら銀三郎の夢実現に向け、ウォッカを飲みながら壮大な計画を立てていくのだった──


老人よ、少年に負けず大志を抱け──完

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