いつか私も
幽八花あかね
いつか私も
大学進学を機に、私は一人暮らしをすることになった。
料理はそこそこできると思っていたけれど、いざ自分だけで毎日すべての食事を作るとなると、まあキツイ。
始めはルンルン気分で立っていたキッチンも、今じゃ冷蔵庫に飲み物を取りに向かうだけでダルいくらいだ。ぶっちゃけ冷凍食品とカップ麺もそこそこ美味しいし、別にこれだけでもいいんじゃないかと思えてくる。
週末。近所のスーパーに買い出しにいく。楽に食べられる食品を中心に買おうとは考えながら、端からぐるりと全コーナーを回っていく。
青果コーナーを見ると、季節の移り変わりを感じさせられるものだ。赤や茶色が使われたポスターには、秋の味覚がなんとやらと描かれていた。
「秋、かぁ……」
さつまいも、かぼちゃ、しいたけ、にんじん……美味しそうだなぁとは思うけど、料理をするためのやる気が出てきてくれない。
私は青果コーナーでは何もカゴに入れずに、乳製品コーナーにやってきた。ヨーグルトは好物なのでカゴに入れる。チーズは万能なのでカゴに入れる。
(そういえば、お母さんのグラタン、最近食べてないなぁ……)
ふと思い出したのは、実家にいたときに一番の好物だった、母の得意料理のこと。
母の得意料理は、グラタンだった。色とりどりな季節の野菜をたくさん使ったもので、名前はまんま「季節の野菜のカラフルグラタン」。
レシピも教えてもらっているのだが、作るのが面倒くさくて、結局一度も作っていなかった。
(……一回くらい、作ってみる、かなぁ)
カゴには入れなかったとはいえ、今日の私は珍しく野菜に興味を持ったのだ。この機会だし、作ってみよう。
(あと必要なのは、マカロニと、パン粉と――……)
* * *
「ついつい買ってきてしまった……」
料理なんて面倒くさいと思っている私が、この私が、スーパーで思い立った勢いで、グラタンの材料を完璧に買い揃えてきてしまった。
材料があるとなれば、作るしかない。私は珍しくエプロンまでつけて、グラタン作りに取り掛かることにした。
マカロニを茹でる。野菜を切って、炒める。ホワイトソースは牛乳とバターと小麦粉と――あれ? なんかダマっぽい?
まあなんとか形にはなったようなので、そのまま容器に移してオーブンレンジに入れてみた。ボタンを押して、焼き上がるのを待つ。
(ちゃんと美味しくできるかなぁ)
お母さんの得意料理だったグラタン。私の大好物だったグラタン。もしも失敗してしまったら、大事な思い出を汚してしまうような気がして、グラタンを嫌いになってしまいそうで、ちょっぴり怖かった。
ピッピーと音が鳴って、オーブンレンジが調理の終わりを告げる。キッチンミトンを手にはめて、恐る恐る取り出した。熱い湯気がたって、こんがりとしたグラタンの表面がグツグツと言っている。ちょっと焦げすぎな気もするけれど、まあこれで良しとしよう。
テーブルに持っていき、しばらく眺めることにする。お母さんのと比べると見た目はキレイじゃないけれど、さて、味はいかほどか。
「いただきます」
ゆっくりと、グラタンにスプーンを刺した。ふーふーと息を吹きかけて、冷ましてから口に運ぶ。
美味しいじゃん、と最初は思った。でも、何かが違う。舌触りがなめらかじゃないのかな。野菜の火の通りが悪いのかな。
(一人暮らし、うまくいかないな……)
ちょっとの失敗で、他のことまでどんどん気になって、なんだか悲しくなってきてしまった。ネガティブ思考は良くないぞ、心の中で自分を叱責するものの、下がった気分はなかなか上げられない。
不味くはないけど、お母さんのみたいに美味しくもない。そんな微妙なグラタンを食べ終えたあと、私はふて寝した。ごはんを食べてすぐに寝たら牛さんになってしまうよとも言われたことはあるけれど、この際そんなことどうでもいい。今は夢の世界に現実逃避をしたいのだ。
* * *
ピンポーンという玄関チャイムの音で、私は目を覚ました。窓から差す光がオレンジ色だから、今は夕方なのだろう。
「誰だろ?」
のろのろと歩いてインターホンの画面を見てみて、思わず「えっ!?」と声を上げた。
訪ねてきていたのは、お母さんだった。
「お母さん!? どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ。あんたが言ったんじゃない。忙しいから、来るならお母さんがこっちに来てって」
「え……あれ、そんな約束したっけ……?」
「もう、忙しすぎて頭のネジが飛んでいるのね。誕生日でしょ、あんた」
「誕生日……」
完全に、忘れていた。私、また一歳、年を取っていたんだ。
私がびっくりしてボケーッと突っ立っていると、お母さんはツカツカと部屋に入ってきた。そこそこ片付けておいて良かったな、とふと思う。いや、驚きすぎてそれどころではないんだけれど。私って、今日誕生日なんだ。
「ケーキは買ってきたけど……あんた、ちゃんと自炊はできてるの? 冷凍食品とカップ麺ばっかり、なんて生活してたら、お母さん怒るよ」
「そんなことないっ……わけでもないけど、でも、私だって、今日はちゃんと料理しようとしたんだよ。でも……」
「でも、どうしたの?」
「うまく、いかなかった。お母さんのグラタン、真似したかったのに、美味しくならなかった」
私がしょげて答えると、お母さんは私の頭を撫でてきた。やばい、また泣きそうになる。
「そう、やる気はちゃんとあったのね。えらいえらい」
「そんな子ども扱いしないでよ。もう19だよ?」
「はいはい、わかったわ。いじけたユウちゃんのために、お母さんがここでグラタン作ってあげよっか? それとも一緒に作る? うん?」
「い……一緒に、作る!」
「わかったわ、なら一緒に作りましょう」
エプロン一枚しかないんだけどな……なんて気にしていたら、なんとお母さんは自分のエプロンを持ってきていた。もしかして、グラタンの話をしなくても、何か料理してくれるつもりだったんだろうか。そう思うと、目頭が熱くなった。今日の私、なんかすごい脆いみたい。
お母さんの包丁さばきは、さすがのもので、見ていて惚れ惚れとさせられた。「あんたも手を動かしなさい」と言われて、お母さんの真似をして野菜を切っていく。
(小さい頃、お母さんの手伝いをしたときも、こんな感じだったなぁ)
* * *
「お母さん、今度は美味しくできたかな?」
「私と一緒に作ったんだから、美味しくできたに決まってるでしょ。ほら、食べましょう」
「はい、いただきます」
「いただきます」
私は、本日二度目のグラタンにスプーンを入れる。お母さんと一緒に作ったグラタンは、自分だけで作ったものよりも、見た目からレベルが高かった。
表面のパン粉がサクッと軽い音をたて、ふわぁと白い湯気がたつ。熱そうなグラタンに、ふーふーと息を吹きかけて、少し冷ましてから口に運ぶ。
「……!」
「どう?」
「おい、しい。美味しい!」
同じ材料を使っているのに、どうしてこうも違うのだろう。分量や行程の順番が影響しているのだろうか?
ホワイトソースは、まったりと濃厚な味わいで、舌触りがよくなめらかだ。野菜やマカロニとうまく絡まっていて、口の中でバランスよくまとまっている。
「なんでこんなに美味しいの……」
「お母さんがいるからよ。っていうことだけ言うと、ちょっと足りないかしらね。ひとつは、経験の差かしら。私のほうが料理歴は長いからね。ユウちゃんも、もっと練習すれば上手になるわ」
「ふーん。そういうものなのかな。他の理由は?」
「もうひとつは、ひとりじゃないから。家族に限った話じゃないけれど、誰かと一緒に食べるごはんは美味しい。私個人の意見ではね。でも、ユウちゃんもきっとそうなんじゃない?」
「……そう、かも」
「まったく、一人暮らしをするってだけで心配なのに、週末でも全然帰ってこないんだから。もうちょっと頻繁に帰ってきなさいよ。お父さんも寂しがってるし」
「うん……」
「それに、私の料理もいくらでも食べさせてあげられるし……料理を教えてあげることもできるからね」
「……うん」
もうひとくち、ぱくりとグラタンを食べてみた。やっぱりお母さんには敵わないな、と思う。
「いつか私も、お母さんみたいに料理上手になりたいな」
いつか私も 幽八花あかね @yuyake-akane
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