花が咲くのは

幽八花あかね

花が咲くのは

 昼休み。屋上でお昼ごはんを食べていると、志帆しほが言った。


「あのさー、ゆい

「なんだね、志帆ちゃん」

「コンビニのさぁ、フレンチトーストの間にハムとチーズ挟まってるやつ。あれめっちゃ美味しくない?」

「……ごめん。食べたことない」

「嘘ん。じゃ、あたしとはんぶんこしよ? 先に食べていーよ」

「ん、ありがと」


 待ってましたと言わんばかりに、志帆は満面の笑みで唯美にフレンチトーストを差し出す。共有したかったのだろうなぁと思いながら、唯美は食べてみた。ぱくり。


「ふーん……。たしかに美味しいね。フレンチトーストって甘いスイーツ系だけだと思ってたけど、しょっぱいのでもイケるんだ」

「でしょでしょ!? 美味しいよねぇ。甘さとしょっぱさのフロマージュ的な? 最近マジでハマってるの」

「あら、そう。その顔は、何か企んでるって顔よね。なに、早く言って」


 言いながら、唯美は半分食べたフレンチトーストを志帆に返す。志帆はニマニマといやらしい笑みを浮かべて言った。


「あたしの誕生日、いーつだっ?」

「来週末ね」

「プレゼント欲しいなぁ」

「へえ、何がいいの?」

「唯美の手料理が食べたいなぁ」

「フレンチトーストがいいの?」

「フレンチトーストでもいいけど、違うのでもいいよ。唯美ってさ、お弁当いつも可愛いじゃん? あたしのために、何か可愛いの作って」

「いい、けど。あんまり期待しすぎないでね」

「ありがとう! 唯美、だぁいすき!」


 志帆は唯美にがばっと抱きついた。「離れなさい」と唯美は諌めるが、志帆はなかなか離れない。いつものことだ。


(これだから、付き合ってるとか誤解されるんじゃない……)


 別に、仲が良い友人なだけで、特別な関係ではない。おせっかいもほどほどにしてほしい。余計なことを言わないでほしい。


(変なこと言われたせいで、志帆ちゃんが私から離れていったらどうしてくれるのよ)


 こんなふうにハグをするのも、ふたりきりのときだけがいいのに。と、唯美はため息をついた。


 さらりと風が吹き、志帆の茶髪がふわっと揺れる。女子校でなく共学に行っていれば、志帆にはすぐに彼氏ができただろう。自分で想像しておきながら、唯美はちょっとムカついた。


 二秒間だけ志帆をぎゅっと抱き返したのち、唯美は彼女を強く押し返す。「唯美が今日も冷たい!」と志帆が泣き真似をしはじめた。唯美はそれを無視する。この流れも、いつものことだ。



 * * *



(志帆ちゃんのお誕生日、どうしよう……)


 帰宅した唯美は、クッションを抱えて自室のベッドでゴロゴロしながら考え事をしていた。


 誕生日プレゼントは、すでに購入している。問題は、彼女に作る料理をどうするかということだ。


 あの言い方からして、たぶん彼女はフレンチトーストを食べたがっているのだろう。でも、普通のフレンチトーストを作るだけでは、誕生日っぽさが足りない。さてさてどうするのがいいだろう。


(スイーツ系のデコレーションだったらすぐ思い浮かぶけど、志帆ちゃんが食べたがってるのはハムチーズだもんなぁ……うーん……)



 * * *



 志帆の誕生日、当日。パーティーは、唯美の家で昼間に行うことになった。


「いらっしゃい志帆ちゃん。お誕生日おめでとう」

「ありがとう唯美! 17歳になっちゃいました〜」

「うちの親、明日の夜まで帰ってこないから。ゆっくりリラックスしていってね」

「うんうん! ありがとう〜」


 志帆ちゃんは私服姿でもやっぱり可愛いな、と唯美は思う。彼女のすらりとした体型や、整った顔立ちに、同じ女だけれど見惚れてしまう。


「はい、プレゼント。ごはん用意してくるから、ちょっとリビングで待ってて。下準備はできてるから、そんなに時間はかからないはずよ」

「わぁ、ありがとう。開けていい?」

「ええ、どうぞ。じゃ、キッチン行ってくる」

「うん、いってら〜」


 志帆をリビングに案内してから、唯美はキッチンへと向かった。だいたいは、温めて盛り付けたら完成だ。


(志帆ちゃん、喜んでくれるかな?)


 ドキドキと高鳴る胸をおさえながら、唯美はリビングのテーブルへと料理を運んだ。


「お待たせ、志帆ちゃん。私、なんか変に張り切っちゃって、いろいろ作っちゃったの。まだある」

「えー、すごい! 美味しそう……! あ、唯美。ネックレスありがと。超カワイイ」

「お気に召したなら良かったわ。志帆ちゃんに似合うと思って選んだの」

「センスいいよ、唯美。さすが、私の大親友」


 志帆の笑顔の眩しさに、唯美は思わず目を細めた。


 サラダ、スープ、魚料理……と数回に分けて運んでいき、最後にフレンチトーストを持っていく。


「!」


 志帆の瞳がキラリと光った。


「唯美、これ……!」

「普通のフレンチトーストじゃ面白くないし、デコレーション頑張っちゃった。『お花畑風フレンチトースト』って感じかな」


 唯美が作ったフレンチトーストは、志帆が望んでいたとおり、とろけるチーズとロースハムを挟んだしょっぱい系のものだ。食べやすいサイズはどんなものかと考えた結果、食パンは四等分の正方形になっている。


 工夫をしたのは、トーストの上のデコレーション。ほうれん草と枝豆とクリームチーズを混ぜて作ったペーストを塗り、その上には、お花の形にしたチェダーチーズやソーセージやハムやたまごをたっぷり載せている。


 細々としたお花の形作りは特に大変だったが、苦労の甲斐がある出来映えだと唯美は思った。


「ええぇ、可愛い〜! 私のためにありがとう! やっぱり私、唯美のことが一番好きだよ」

「大げさね。さ、食べましょう」


 口先では冷たい返答をしながらも、唯美の心は大歓声を上げていた。志帆に喜んでもらえたうえに、「一番好きだよ」とまで言われたのだ。嬉しくないはずがない。


 まだ食べてもらうところまでは行っていないのに、もう作ってよかったな、と思ってしまっている。


「いただきまーす」

「いただきます」

「――唯美、あーんさせて?」

「仕方ないわね。誕生日だから、トクベツよ」


 志帆に言われ、唯美は彼女にフレンチトーストをあーんしてあげる。


「チーズとろとろだねぇ、美味しいねぇ。唯美、もう私のお嫁さんになっちゃう?」

「もらってくれるなら、どうぞ」

「うんうん……うん?」


 唯美は再び志帆にフレンチトーストを食べさせる。志帆は美味しそうに飲み込んで、お返しと言わんばかりに、今度は唯美に食べさせてきた。


 フレンチトーストのほんのりとした甘さに、ハムとチーズのしょっぱさは、やはりよく合う。トッピングのお花の形の具材もたっぷりで、ボリュームは満載だ。


「唯美、デレてる?」

「別に、デレてない」

「百合の花、咲かせちゃう? 今夜は親も帰ってこないし、だっけ?」

「私は別にいいけど、あなたは家でも誕生日のお祝いをするでしょう。ご両親に心配かけちゃいけないわ」


 唯美は、またまたフレンチトーストを志帆の口に突っ込んだ。にこにこと食べる志帆の顔を見つめながら、呟く。


「明日の昼なら、咲かせてもいい。また、フレンチトーストなら作るから」


 トーストの上で咲く花には百合は無い。百合の花は、志帆がいなければ開かない。


(私は、志帆ちゃんのことだけが好きだから)

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花が咲くのは 幽八花あかね @yuyake-akane

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