第2話 殴られ屋

人だかりの肩越しに見えた光景。



グローブを付けた2人の男。



片方の男はグローブだけ。もう片方の男はヘッドギアとグローブ、腰にポーチを付けていた。



「それではいきまーーーす!」



ヘッドギアを付けた男が一際大きな声を上げた。その言葉を合図に誰かがタイマーのスイッチを押して始まった。



さながら人で囲まれたリング。その中心で2人の男がグローブをちょんと合わせる。



ヘッドギアを付けていない男はなりふり構わず猛然と殴りかかる。そのパンチをヘッドギアを付けた男がスレスレの距離でかわす。まるで相手のパンチの軌道がわかっているかのように。



前後左右縦横無尽。



見事なディフェンス技術だった。



「はい、終了~!」



タイマーから終了の音が鳴ったのを合図にヘッドギアの男は叫んだ。



“殴られ屋”



以前、雑誌の記事で見た事があったけれど、生で見るのは初めてだった。



「くそ~!1発も当たんね~や!」



ひたすら殴りかかっていた男は悔しそうに、でも、スッキリしたのか笑いながら言った。



「次の挑戦者いませんかーー!」



ヘッドギアを付けた男が声高に言った。



「おい!真一!お前、空手やってたよな?チャレンジしてみろよ!」



「そうだ!そうだ!あの男倒したら1万円貰えるんだから、その金でもう1軒飲みに行こうぜ!」



「真一君!やってみなよ!」



先ほど真一の事を激励しながら肩を叩いた上司が、さっきよりも肩を強く叩きながら言った。



あ~やっぱり、さっきのは酔いのせいだなと真一は思った。



“1分間1000円殴り放題!おまけに倒したら賞金1万円!”



ヘッドギアを付けた男の側に置いてあるホワイトボードの看板にはそう書いてあった。



真一は高校生から空手をやっていて、インターハイに何度も出場していた。大会で優勝した事もあった。



実は自分でも相当自信があり、内心倒せるんじゃないかと思っていた。



「はーーい!はーーい!チャレンジしまーーーす!」



先輩の1人が真一の返答を待たずに勝手に叫んだ。



「ちょ、ちょ、ちょっと先輩!」



真一の制止も聞かず、先輩は無責任にヘッドギアを付けた男に駆け寄って言った。



「ウチの優秀な新入社員がやります!」



周りの観客たちも次の挑戦者を心待ちにしていたのか、真一の事を見て口々に言った。



「お!次のお兄さんなんか強そう!」



「おう!やれ!やれ!」



周りの観客たちが無責任に囃し立てる。



これが俺と源さんの初めての出会いだった。

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