ふたりとも私なので、安心して恋してください!
コイル@委員長彼女③6/7に発売されます
第1話 如月初芽……だよな?
「肉団子上がりましたー!」
「
「了解です」
俺、
壁時計を確認すると23時半。バイト終わりの24時までに味噌汁補充まで終わらせたい。
俺は早足で肉団子が山盛り乗ったボードを持って店内を移動し始めた。
ここは24時時間営業のお惣菜屋さんだ。
俺は昼は学校に行って夜はこの店でバイトしている。
本当は高校生は22時までしかバイトしちゃいけないけど、バイトの募集をかけても誰も来ないし、ぶっちゃけ深夜は時給が良くてやめられない。
「肉団子……と」
ケースの中を確認すると、もう数個しか残って無かったのでギリギリだった。
この店は商品を切らさないのが売りで、次々と作る必要がある。
残っていた肉団子を、新しく作ってきたほうに移動させて……空になった入れ物を持って動き出すと、背中にドンと衝撃があり、誰かがぶつかった。
その人は手に持っていたお惣菜を床に落として、同時に転んでしまった。
「すいません!」
俺は駆け寄ってその人の前に回った。
腰まであるだろうか……長いサラリとした茶色の髪の毛、そして帽子を被ってマスクをしている。
目元や髪型から推測すると、転んでしまったのは女の人だと分かった。
「大丈夫ですか?」
慌てて手を伸ばして立つ手伝いをしようとしたが、女の人は俺の手は借りず、自力で立ち上がった。
見ると膝の所が汚れている……それは俺が持ってきた肉団子の汁だった。
よく見ると、床に肉団子の汁が広がっている。
ぶつかったときに床に空の容器を落としてしまっていたのだ。
「すいません!!」
「お客様、申し訳ございません。冬真くん、とりあえず奥に入ってもらおう」
騒ぎを聞きつけて奥から出てきた店長が、転んだ女の人に頭を下げた。
女の人の顔を見ると、手にタレが付いた状態で顔に触れたのか、マスクも汚れていた。
俺は慌ててレジの所にあった個別包装のマスクとウエットティッシュを持ってきて渡した。
「すいません、これで拭いて、マスクはこっちに変えてください!」
女の人は数秒戸惑い……それを受け取って顔を拭いてマスクを取った。
ああああ……時間内に味噌汁を作りたくて焦って動いてしまった。
もっとちゃんと確認しないとダメだった、アホすぎる! これって、クリーニング代金とか払ったほうがいいのかな。
これでクビにならないかな? ものすごく怒ってるんじゃないかな……俺は恐る恐る顔を拭いている人の方を見て、目を探ると……それは見た事がある顔だった。なんと同じクラスの
「如月?」
「!!」
俺が苗字を呼ぶと、如月は顔を拭いてすぐにマスクをした。
まるで世界のすべてに蓋をして、その中に身を隠すような速度で。
そして、
「もう、いいです。帰っていいですか?」
と倍速で再生したような早口で言った。店長が、
「すいません、お洋服のクリーニング代金は……」
と声をかけると、如月は、
「要らないです」
と誰に伝える気もないような小さな声で言い、店を走って出て行った。
店内には床に転がったお惣菜と肉団子の空皿、そして汚れと空虚な退店の音楽が残された。
開いたドアから電車の踏切がコンコンと響いて、ドアにちぎられて店内に残った。
店長は、転がった皿を持って立ち上がった。
「冬真くんは大丈夫? 怪我ない? 良かったねえ、怖い人じゃなくて。あのお客さん、今度来たらサービスしてあげてね」
と笑った。俺は頭を下げて片付けながら、
「あのお客さんって……この店に何度か来てる人ですか?」
と聞くと、店長は、
「そうだね。俺は何回か見た事あるかな。髪の毛がすごく長いから何か覚えてる。シャララ~ってすごいから。じゃあ片付けよろしくねー」
と言って裏に戻って行った。
床を掃除しながら、さっきぶつかった相手……如月初芽のことを思い出していた。
俺と如月初芽は、西宮学園特進コースのクラスメイトだ。
俺は勉強さえすれば無料になる学費とバイトが許可されているのが目当てで、西宮学園特進コースに通っているが、如月は違う。
如月初芽は西宮芸能という事務所に所属して活動している現役アイドルだ。
俺が通っている西宮学園は、日本有数の巨大財閥、西宮財閥が持っている学園で、西宮財閥が持っている芸能事務所が西宮芸能だ。
そこに所属している学生が、みな通っているのが俺と同じ特進コースなのだ。
如月初芽は主にバラエティー番組に出演していて、とにかくキャラが強いのが売りだ。
言いたい事は全部言う、まっすぐで好き放題、ワガママ、主張を曲げない面倒な奴だと陰で言われている……それが如月初芽なのだが、なにより高い演技力が評価されている。
憑依されたような恐ろしい演技から、底抜けに明るい役から、透明感が必要な病人役までなんでもこなして、出演した映画はすべて高い評価を得ている。
だからどれだけワガママでも許されている所がある……そんな子だ。
俺は如月初芽とクラスメイトで、何度か話したこともある。
彼女は学校で一番の有名人なので(言ってしまえば悪い意味でも)知らない人がいないような人だが同じ班で活動したこともあるので、俺の事を当然知っているはずだ。
なんで俺に気が付かなかったんだろうと考えて、でもまあ、一瞬じゃ分からないかと思い直す。
なんたってクソダサい惣菜店のエプロンと帽子かぶってる。
でも苗字呼んだ時、反応した気がしていたけど、なんで無視したんだろう?
そこまで考えて静かに首をふった。
……そうだよなー。芸能人してるのに夜中にお惣菜屋さんで買い物する所とか、見られたくないよな。俺だってクラスメイトにこのバイト姿を見られたくなくて、こんなところまで来てるんだ。気持ちはわかる。
手に持っていたのは、イチゴ大福とプリン。甘いものが好きなのか。
イチゴ大福は俺が裏でアンコ詰めたヤツだし(皮が均一にならなくて難しい)プリンは液体を混ぜたやつだ。
悪い事をした……明日学校で謝ろう。
それに夜遅くまでバイトしてるのも秘密にしててほしい。
俺はエプロンをカバンにねじ込んで電動ママチャリに跨がった。
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