第十章「そう、団長命令!!」
73.終わりの日、始まりの日。
8月31日、風間玲子の誕生日。
どんよりと曇った夏休み最後の日、玲子はスマホで拓也にメッセージを打った。
『マンション下の公園に来て』
『ギルド大戦争』連覇の余韻がまだ覚めぬ拓也。しかし朝送られて来たそのメッセージは、その余韻を吹き飛ばすのには十分すぎるほどのものであった。
(もう一度しっかりと断らなきゃ)
拓也は着替えるとそのままマンション下の公園へと向かった。
「玲子……」
拓也が公園に行くと、玲子は少し前に嵐から彼女を守って夜まで一緒にいたベンチにひとり座っていた。真っ白なブラウスにベージュのスカート。清楚なイメージの玲子にはぴったりの服装だ。
拓也が近くに行くと玲子が言った。
「座って」
黙って玲子とは少し距離を置いてベンチに座る拓也。
生暖かい風が辺りに吹き付ける。どんよりと曇っていた雲は更に暗くなっている。
「今日、何の日か知ってる?」
突然の問い掛けに黙る拓也。夏休みの最後の日だとは分かっていたが、それ以外思いつかない。
「忘れちゃったの?」
(何のことだろう……?)
拓也は必死に記憶の中から今日の日についての手がかりを探し出す。しかし思いつかない。
「何の日、だっけ……?」
拓也は前を向きながら玲子に尋ねた。
「……誕生日、私の」
「あ」
驚く拓也。そう言えば子供の頃「休み最後の日でみんな宿題やってて誰も祝ってくれない」と悲しんでいた玲子を思い出す。
「おめでとう、玲……」
「ねえ、拓也」
玲子が言う。
「うん」
玲子は顔に当たる風を受けながら続けた。
「私、拓也と一緒に居たい。昔みたいにずっと一緒に……」
生暖かい風に玲子のポニーテールがゆらゆらと揺れる。湿った風だ。今にも雨が降りそうになって来た。拓也は隣に座った玲子を見つめて返事をした。
「玲子」
顔を横にして拓也を見つめる玲子に言う。
「昔みたいには、できないんだ」
「どうして?」
拓也は逃げずに玲子の目をしっかりと見て言う。
「好きな人がいるんだ」
「まだあの女が好きなの?」
拓也はじっと玲子を見つめたまま頷く。玲子が前を向いて言う。
「あんな女より私の方が拓也をずっと知っている。あんな女より私の方が拓也を愛している。ねえ、拓也。私ね、夢があるの」
「……」
無言の拓也。玲子が続ける。
「私ね、可愛いお嫁さんになりたいの。拓也の傍にずっといたいの。ね、いいでしょ?」
拓也は前を向く玲子を見つめる。その目は赤くなり涙が溢れている。こんな自分を想ってくれる気持ちは嬉しい。でも言わなきゃならない。拓也が答える。
「ごめん、玲子。俺には彼女が必要なんだ」
その言葉を聞き、下を向いてうな垂れる玲子。
同時にぽつりぽつりと雨が降り始める。無言の玲子。拓也も黙ったまま隣に座り続ける。
小雨だった雨が本降りとなる。
傘もささず濡れたまま黙ってベンチに座るふたり。雨の音、そしてびしょ濡れになった玲子が、声を殺して泣いているのが分かる。
手を差し伸べてあげたかった。
雨に濡れ肩を震わせて泣く彼女の肩に、手を乗せて何か優しい言葉を掛けてあげたかった。
(でも……)
それでも我慢した。
拓也は我慢して何もせずにそのまま座り続けた。
「玲子……」
しばらく雨に討たれていた玲子が黙って立ち上がる。そして無言のまま自分のマンションへと歩き始めた。
「ごめん」
自然と拓也の口から言葉が出た。玲子は拓也に背を向けたまま小さな声で言った。
「謝らないでよ」
そう言い残すと玲子は雨の中へと消えて行った。
9月、新学期が始まった。
まだ朝の涼しさが残る中、久しぶりの制服に身を包んだ学生達が街に戻って来た。真っ黒に日焼けした者や髪の色が変わった者、瘦せた者、太った者、変わらぬ者、皆様々である。
拓也もいつも通りに登校し、そしてクラスの一番後ろの席に座る。
(変わらないな……)
窓から見える校庭の風景。
木々の葉は深い緑色に変わり、少しずつだが秋の足音が聞こえてくる。
タタタタッ
ただ拓也はその別の足音に気付いてその方に顔を向けた。
「団長ぉ!!」
マキマキである。夏休みで外見に変化のあった者は多いが、彼女は全く変わらない。艶のある黒髪が歩く度に揺れ、可愛らしい彼女はやはり周りからの視線を集める。拓也が言う。
「ごめんね、マキマキさん」
拓也は誘われていた花火大会に当日になって断ったことを改めて謝罪した。『ギルド大戦争』の時は一切その事には触れずに戦ってくれたマキマキ。拓也は彼女に心から感謝していた。
「本当に失礼な話ですよ!! こんな美少女をひとり待たせるなんて!!」
どこからそんな自信が出て来るのだろうかと拓也はいつも思う。マキマキが椅子に座りながら小さな声で尋ねる。
「で、どこ行ってたんですか? 私には聞く権利があると思いますけど」
マキマキはちょっとむっとした顔で言った。少し前の拓也なら、きっと適当な嘘を考えて話していただろう。ただ今はそんなことはもうしない。
「涼風さんの、とこ……」
正直に拓也は言った。
つまらぬ嘘は良くない、ここ数か月で拓也が学んだことだ。
「はあ……」
マキマキは真っすぐ黒板の方を向いて溜息をついた。そして今度は少し笑って拓也の方を向き言った。
「嘘ついたら本気で怒ろうと思ってたんですよ。まあ仕方ないか。私の負け」
「負け?」
よく意味が分からない拓也。マキマキはカバンからスマホを取り出して拓也に見せる。
「ほら、これ。浴衣のマキマキ。可愛いでしょ?」
スマホには浴衣を着てはにかんでいるマキマキの姿が映っていた。
(可愛い。生で見たかった……)
男なら美少女の浴衣姿を見たくない訳がない。拓也は嘘は良くないと自分に言い聞かせ、そのマキマキの浴衣姿を眺めた。
「おっはー、木下君っ!!」
クラスの雰囲気が一瞬で変わる。
学年一の美少女がやって来たようだ。拓也は彼女が入って来たことを意識し緊張する。美穂は拓也のところに来て、隣に座っているマキマキに向かって挨拶した。
「ひゃほー、マキマキ!」
「ひゃほー!」
そう言ってハイタッチするふたり。拓也にはもうそれが挨拶なのかも良く分からない。そしてハイテンションのまま美穂がふたりに言う。
「『ワンセカ』二連覇、おめでとうっ!!」
「いえーい!!」
そして盛り上がるふたり。周りの生徒達は何の話だか理解できずにぼうっと見ている。
(いつも通り、かな)
これから人生で初めての大仕事を迎え緊張していた拓也だったが、そんなふたりを見て少しだけその緊張が和らいだ。
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