43.『仮装大賞』って体育祭の種目、なのか?

「はあ、はあ……」


 朝もやが立ちこめる街中。拓也はひとり毎朝の日課としているジョギングをしていた。早起きは大の苦手であったが、走ると決めた春先からずっとかかさず毎朝続けている。



(俺、何でこんなに頑張ってるんだろう……)


 拓也は未だ自分自身の何か処理できない感情にもがいていた。陰キャが朝の運動、ジョギングなんてとても似合わない。それでも続けている。何のために、誰の為に?


(まだ良く分からない、だけど)



 ――彼女に恥ずかしい思いはさせたくない。


 汗だくで疲れていた拓也の中に新たな力が沸き上がる。そしてなかなか減らないお腹の肉を触り再び走り出した。





「雨か」


 拓也は登校してクラスの一番後ろの席に座りながら、暗くなった空から降って来た雨を見つめた。6月に入り間もなく梅雨入り。気温も暖かいから暑いに変わり始めて来ている。



「団長は運動、得意なんですか~?」


 隣に座っているマキマキが拓也に尋ねた。教室ではちょうど、月末に行われる体育祭の競技分担についての話し合いが行われていた。



「運動は苦手かな。あまり好きじゃないし」


「えー、そうなんですか? 得意そうに見えますよ」


 身長はそこそこある拓也。陰キャじゃなければそう見えるかもしれない。



「大玉ころがしの真ん中辺とか、玉入れの補欠メンバー辺りが希望かな」


 真面目な顔をして言う拓也にマキマキが笑って答える。



「ぷっ、なんですか、それ? そんな競技、高校にもなってあるんですか?」


 転校生のマキマキ。陽華高での体育祭は初めてである。



「あったけかな……? たぶんあったような」


 もともと興味がない拓也。いつの時代か分からない頃の記憶で話をしている。

 ふたりがそんな会話をしていると、希望者がいなかった種目のくじ引きが始まった。大玉ころがしも玉入れもなかった為、拓也の種目はすべてくじとなった。



「えー、郊外マラソンは木下と……」


(げっ、マ、マラソンだと!?)


 拓也は意外な種目になったことに驚いたが、よくよく考えれば全校生徒の注目を浴びるリレーなどと違い、学校を出て町内を走るマラソンは目立たなくていい。それにここ最近はずっとジョギングをしているのでまあ何とかなるだろうと思った。



「えっと、それから借り物競争は木下……」



「げっ!?」


 もうひとつの競技「借り物競争」という名前を聞いて拓也が思わず声を出す。



(そ、そんな競技あったのか……?)


 暑いし面倒と言うイメージしかない体育祭。陰キャの拓也は全く興味がなく、昨年も『人に紛れて何かをした』程度であまり覚えていない。



「団長はマラソンに借り物競争ですか。正統派競技でいいですね」


 黒板に書かれた拓也の種目を見ながらマキマキが言う。



「マキマキさんは何になったの?」


「仮装大賞……」



「は?」


 慌てて黒板を見ると確かに『仮装大賞』と書かれた下にマキマキの名前がある。



「なに? 仮装大賞って?」


 マキマキが答える。


「なんか、今年からお試しで開催される種目みたいですよ。仮装度を競うそうで、コスプレとかもOKみたいです」


「コスプレ……」


 思わずマキマキの体を見つめる拓也。それに気付いたマキマキが言う。



「何見てるんですか、団長? もしかしてマキマキのコスプレに興味があったりとか?」


(うぐっ!?)


 拓也はすぐに視線を黒板の方に向けて答える。



「ち、違うよ。そんなんじゃない……」


「そーなんですかあ?」


 しかしマキマキが拓也を見る目はそうは思っていない。そして小さな声で、拓也にだけ聞こえるぐらいの声でそっとささやく。



「団長のご希望のコス、しますよ」


「ぎゃ!」


 拓也は顔を真っ赤にして全身を震わせながら固まってしまった。






(風間さん、いい加減自分に素直になれよ……)


 新田嵐は下校中の風間玲子の後姿を、陰に隠れて見つめながら思った。一度はっきりと断られた嵐であったが、それは何かの間違いだと思い込み未だに玲子への想いを募らせている。



(なんか誰かに見られている気がする……)


 玲子自身、ここ数か月誰かに見られていると言うか常に監視されている気がしてならなかった。



(さ、今日は会えるかな……)


 そう言う玲子自身、ここ数日マンションの入り口で拓也の帰りを待っている。習い事などで全く会えなかったが、今日は特に用事もなくずっと待ち続けられる。

 マンションの入り口に立つポニーテールの美少女。それを遠巻きに見つめる嵐。そこへ自宅へ戻って来た拓也が現れた。



「拓也」


「あ、玲子?」


 玲子の頬がぽっと赤くなる。

 それに気付かない拓也が言う。



「偶然だな。学校帰りか?」


「ええ……」


 偶然ではないだ、と思いながら玲子が言う。



「ねえ、拓也」


「なんだ?」


 ふたりでマンションのエントランスに入りながら玲子が言う。



「夏になったらさ、一緒に海に行かない?」


「は?」


 突然の玲子の誘いに驚く拓也。



(う、海って、それは涼風さんと……)


 幼馴染みとは言え美少女の玲子に見つめられ動揺する拓也。上手い言葉など出るはずがない。



「お、俺、陰キャだから、夏の海とか苦手だし……」


「陰キャ?」


「そ、そうだよ。夏の日差しは当たるだけで溶けるし、俺には場違いと言うか……」



「私とは行きたくないってこと?」


 玲子は真剣な顔をして拓也に言った。玲子は拓也との時間を取り戻したかった。訳の分からない理由で避けられていた数年間。それを少しでも取り戻したい。玲子が続けて言う。



「暑いのが苦手なら別の場所でもいいし、ううん、拓也の部屋でずっと映画でも観ててもいい。ねえ、拓也」


 少しずつ拓也との距離を縮めながら玲子が言う。


「夏休み、一緒に居よ」


「え、う、そ、それは……」



 拓也には負い目がある。だからはっきりと断れない。

 しかしそんな優柔不断が後々拓也自身に返ってくることなどまだこの時点で想像できない。


「そ、そのうちな……」


 そう答えるのが精一杯であった。




(風間さん、やはりまだあのクズ男と……)


 そんなふたりのエントランスのやり取りを外から見つめていた嵐。その目には頬を赤くして拓也を見つめる玲子の姿が映っていた。






 その夜、ひとり部屋で寛いでいた拓也のスマホにメッセージが届いた。


(ん? 涼風さんからだ)


 拓也がそのメッセージをタップして内容を確認する。



『団長~、体育祭の種目決まった? 私ねえ、新しい種目のね、になったよ~』


「え、マジで……」


 拓也はそのメッセージを何度も読み返し、間違いなくこれは何か大変なことが起こるだろうと確信した。

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