19.団長の涙
(相手は『ピカピカ団』? ふざけた名前だ)
早朝、目が覚めた拓也や美穂のクラスメートの足立龍二は、予選最終戦で当たるギルド名を見て思った。そして団長のタクと言う名前を見てつぶやく。
「タク? ふん、あの鬱陶しい根暗の木下拓也を思い出す名前だ。ふざけた団名といい、団長名といいマジで気に食わん。全力で叩き潰してやる」
龍二は最近、クラスで美穂と仲良くしている拓也が気に入らなかった。そしてすぐに『デスコ』を立ち上げ、今日の最終戦に向けて団員にメッセージを送る。
『今日はいよいよ最終戦! 予選通過は決まったけど、最後までみんな頑張ろう!!』
龍二はいつも通り明るいメッセージを書き込んだ。そして直ぐに団員からの反応が上がる。
『ジリュウ団長、今日もよろしくです!!』
『最後まで全力!! 優勝まで全力で駆け抜けましょう!!』
『団長、乙~、今日で予選終了。もうちょっとだね!!』
『ありがとうみんな!! みんなのお陰で団は最強と呼べるほど強くなった。本当に感謝っ!!』
龍二は適当にメッセージを書きこむとスマホを机に置いた。
コンコン
龍二の部屋をノックする音が響く。
「龍二様、朝食のご用意ができました」
「ああ、すぐに行く」
龍二はメイドの言葉に返事をし、着替えてから部屋を出た。
『皆さんのお陰で我が「竜神団」は無事予選を通過することができました!! 本当に感謝です!! 今日は最終戦。「ピカピカ団」の皆さん、どうぞよろしく!!!』
龍二は登校中の車の中でSNSに今回の予選突破について感謝の書き込みをした。『ワンセカ』のプレイヤーの中でも人気のSNSを持つ龍二。そのランカー並みの強さと明るい書き込み、そして気さくな人柄が人気を呼んでいる。
『リュウさん、お疲れ!! 予選突破さすがです!!』
『本選ではお手柔らかに!!』
『対戦したけど、めっちゃ強かった!! 指揮も凄いわ』
龍二はSNSに流れて来る書き込みを見て満足そうな表情を浮かべる。そのまま続けてSNSに書き込みをする。
『みんなのお陰です!! 団員のみんなに感謝!!!』
すぐに龍二の書き込みにたくさんの「いいね」がついた。
(『竜神団』、これは強いな……)
同じ頃、スマホで最終戦の相手ギルドを見ていた拓也は率直に思った。
予選突破が決まったので消化試合ではあったが、より上位に行く為には取りこぼしのないような勝利が必要となる。
(見た目は偽装しているけど、この高得点を見ればそんなの信じられないな)
ぱっと見それほど強いキャラを並べていない竜神団。しかし連なる名の知れたランカーの名前、現時点の予選2位という順位はそれを否定するには十分であった。
「おっは〜、木下君!!」
美穂が元気に登校してきて拓也に挨拶した。
陽キャが陰キャに話しかける光景、既にクラスではいつもの光景となっていた。そして美穂はすぐにスマホを打ち始める。
『団長、今日はさあ……』
拓也は自分の言ったことを一生懸命守り、ゲームの話は必ず『デスコ』でしてくる美穂がとても健気に思えた。陽キャだから……、と言って避けていた自分が恥ずかしくなる。
いや、これは涼風美穂と言うひとりの人間の魅力なんだろうか。拓也はふとそんなふうに思った。
「木下君、聞いてる?」
「え?」
美穂はメッセージを打ったのに全く反応のない拓也を見て声を掛けた。
「ああ、ごめん」
拓也は直ぐにスマホを見つめる。そこには今日の対戦相手が強豪である事を心配する美穂の書き込みがあった。
『うん、どうだろう。確実に勝てるとは思わないな』
それには美穂も同感であった。相手の団員名を見ただけで敵の方が格上だと分かる。
『とりあえずみんなにはこれから指示を送る。これまで通りにやるしかない』
『了解〜!!』
美穂はそう書き込むと拓也を見て片目でウィンクした。
(図に乗りやがって、陰キャの分際で!!!)
足立龍二はクラスの後ろの席で仲良くする美穂と拓也を睨みつけるように見て思った。
(今日の課金はこのくらいか)
龍二は予選開始前に親名義のクレジットカードで数万円課金し、まだ手に入れていない最新SSR目当てにガチャを引いた。
『激レアSR!!』
(ちっ!)
龍二は画面に現れた既に持っているキャラを見て内心舌打ちをした。更に課金をしようかと思ったが、カードの使い過ぎを父親に注意されたばかりだと言う事を思い出しボタンを押すのを思いとどまる。
(まあいい。戦力差は明らか。負けることはないだろう……)
「木下君、いよいだね」
「ああ、これが最初の山場だな」
お昼、拓也と美穂はふたりで屋上に行き、『ギルド大戦争』の予選の最終戦の開始を待った。すべての団員に指示は出してある。団員のパテ変更し忘れなどがなければある程度は戦えるはず。
快晴の空の下、ふたりが程よい緊張に包まれる。副団長
12時半。最終戦が開始された。
『あ、ごめん! パテ変更忘れた!!』
『ごめんなさい、装備変更ミスった……』
ここに来て初めて団員からのミスの声が上がる。
「木下君……」
美穂が心配そうな顔になる。
拓也は開始された陣形、キャラを見て頭の中で戦闘シミュレートを繰り返す。
(ダメだ、よほど運がないと勝てない……)
『ギルド大戦争』始まって以来の拓也の真剣な顔。美穂は黙ってその横顔を見つめる。拓也が小さな声で言った。
「勝てないわ、これ」
「マジで? やっぱ最初にパテミスが響いた?」
美穂のことがに拓也が首を振って答える。
「違う、もちろんそれもあるけど全体的に力の差がある。組み合わせや戦術だけでは埋まらない差が」
「うそ……」
『軍師拓也』に全幅の信頼を寄せていた美穂は初めて聞くその言葉に少し驚いた。神引きに神軍師、そして新たな強力な仲間。これだけ揃っていればきっと負けることはないと心では思っていた。
「でも、全力は尽くすよ。簡単には負けられない!」
「うん、私もいっぱい手伝うよ!!」
美穂は拓也の顔を見て大きく頷いて言った。
「思った以上に粘られたけど、まあこれが実力だな」
足立龍二は自宅の部屋でスマホを見ながらひとりつぶやいた。
『ギルド大戦争』最終予選、『ピカピカ団』対『竜神団』の戦いは、中盤まで接戦であったが後半になると地力で勝る『竜神団』が攻勢を開始する。それでも『ピカピカ団』は驚異的な粘りを見せたが最後の最後で力尽きた。
『竜神団』の掲示板には予選全勝を喜ぶ書き込みが溢れる。龍二もPCのキーボードをゆっくりと叩いた。
『みんなのお陰で全勝という快挙を成し遂げた! 順位はまだ未定だが、このまま本選でも頑張ろう!! そして、優勝だっ!!!』
団長ジリュウの言葉に団員達が喜びを表す。掲示板はお祭り騒ぎになっていた。
「木下君……」
拓也の部屋で最後まで『ピカピカ団』の戦いを見ていた美穂は、戦い終わってもずっとスマホの画面を見たまま動かない拓也に気付いた。
(負けた、完敗だ……、まだ足らないものがある……)
拓也は疲れ切った脳に今日の敗因の分析を命じる。
様々に浮かび上がる要因。団員のパテ変更ミスから始まり、自身の指示ミス、細かな戦術間違いなど数え上げればきりがない。
(残念だけど、まだ俺には、……えっ?)
そう思った拓也の頭を美穂がいきなり撫で始めた。拓也が美穂を見つめる。
「泣くな、団長。私だって我慢しているんだぞ」
(涙……?)
拓也は知らぬうちに目に涙が溜まっている事に気付いた。そして軽く瞬きをすると、それは真っ直ぐに拓也の頬を流れ落ちた。
「よくやったよ、木下君。君は凄いんだよ!!」
拓也は目を赤くして自分を褒める美穂を見て、拓也の涙は止まらなくなっていた。拓也が涙声で言う。
「ごめん、俺がふがいないばかりに……」
涙を拭きながらそういう拓也に美穂が答える。
「木下君が頑張ってくれたからここまで来れたんじゃん。凄いよ!! 本当に凄いんだよ!! それにまだ本番の本選がある。そこでリベンジしよっ!!」
美穂は笑顔で拓也にそう言った。
その顔を見た時、拓也の中ではっきりとその意識に気付いた。
――俺、涼風のこと、好きなんだ……
陰キャとか陽キャとかどうでもいい。
ひとりの人間として、目の前の女性を好きだと言うことに拓也はようやく気付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます