隣になった学年一の美少女はゲーム内では俺の部下だった。平穏に暮らしたいからバレない様にしているけど、会う度話し掛けられ困っています。

サイトウ純蒼

第一章「拓也と美穂」

1.陰キャですが、なにか?

(出でよ、我が盾! 我を守れ、暗黒障壁ダークネスウォール!)


 木下きのした拓也たくやは教室の一番後ろの席で、目の前に暗黒障壁を張ろうと心の中で強く念じた。



 まだ寒さ厳しい如月。

 暖房が効いた心地良い教室では、学年最後の席替えが行われていおり皆がその新しい席に一喜一憂している。拓也は幸運にも最後列の窓際という最高の席を手に入れたのだが、目に映るその景色を見て心の中で強く『暗黒障壁』の出現を念じていた。



(く、来るな……)


 その暗黒障壁を張らねばならないが近付いてくる。クラスで一番の陽キャで美少女である涼風すずかぜ美穂みほが、こちらに向かって歩いて来ているのだ。

 肩までに切り揃えられた奇麗な髪。絹のようにきめ細かく白い肌。目が大きくいつも笑顔の美少女。美穂が言う。



「あれ? 私、一番後ろじゃん!」


 席替えの小さな紙を持った美穂は少し嬉しそうな顔をして言った。拓也はその言葉を聞いて頭を金づちで叩かれたような衝撃を受ける。


(なっ!? お、俺の隣だとっ!? まじで? ど、どうしよう!!!!)



 クラスでも、いや学年でも誰にも負けない程のキャである拓也。全く住む世界が違うキャの美穂は『最も近付いてはいけない存在』であった。



(ぜ、全面防御っ!!! わ、我を守りたまえっ、暗黒障壁っ!!!!)



「わぁ、ここだ、ここ。いや~、一番後ろってのも悪くないよね!!」


 拓也はどうして自分が全力で張ったであろう暗黒障壁をこうもいとも簡単に破壊、いやまるでそこに何もなかったかのように歩きやって来るこの陽キャが全く理解できなかった。




(ち、近い……、よ、寄るな……、お願い、こっち見るな……)


 陽キャが隣に座ったのを察した拓也は体が固まったまま前を見つめる。そして隣の陽キャが自分の存在に気付かないように祈った。



「あっれ~、美穂、一番後ろじゃん」


 何故かすぐに寄って来る同じ系統のキャラ数名。こいつらはどこかに『陽キャ磁石』でもついているのかと疑う。そして始まる理解できない意味のない会話。笑い声。すべてが自分の世界にはないものばかり。拓也は可能な限り前を向いて関わらないよう心を静めた。



「ねえ」


 拓也は前を向いたまま新しい席を探すクラスの人達を見つめる。



「ねえって」


(ん?)


 この時初めて自分のから声が掛けられていることに気付いた。



(な、なに? 隣の陽キャが話し掛けている!? ま、まさか、そんなはずは……)


 全く接点のない陰キャ拓也と陽キャ美少女。偶然席が隣になったからって話が始まるはずがない。



「ねえ、木下君」


「!?」


(お、俺じゃんんんんんんん!!! お、俺の名前を呼んでいる!?)


 拓也はようやく隣の陽キャが自分に話し掛けていることに気付いた。全くそんな選択肢、いやその名前を呼ばれると言うあり得ない状況にも『絶対に自分じゃない』と拓也は思いたかった。しかし再度名前を呼ばれたので恐る恐る顔を向ける。



「これ、君のでしょ? 落ちてたよ」


 美少女の美穂はそう言って可愛らしいアニメのキャラの付いた消しゴムを持って拓也に差し出していた。それは拓也が大好きなキャラの消しゴム。まさしく自分の物であった。



「あ、ありがとう……」


 拓也はそう言って手を差し出し、美穂から消しゴムを受け取る。


(!!)



 その時一瞬だが拓也の手と美穂の手が触れた。



(ふふふ、触れたあああ!? 陽キャの手が、お、俺の手にいいい!!!)


 拓也は陽キャにされると思いすぐに手を引こうと思ったが、何故か上手く腕が動かせない。そしてふと笑顔の美穂の顔を見て思った。




 ――あ、可愛い……



 美穂が拓也に笑顔で言う。



「可愛いよね、それ」


(えっ?)


 美少女は少し笑って頷いてから前を向いた。



「おーい、お前達、早く自分の席に座れ」


 担任の声で皆が自分の新しい席に座り始める。

 拓也は自分の顔が真っ赤になっているのと、そして腕が小刻みに震えていることに気付いた。そして手には信じられないほどの汗をかき、心臓は周りに聞こえるじゃないかと言うほど大きな音で鼓動していた。





 拓也は自他ともに認める陰キャである。

 それを恥ずかしいとは思ったことはない。ただそれを人にわざわざ言うつもりはないし、そもそも人と交わることが苦手だった。

 高校に入ってからはそれに拍車がかかり、学校ではできるだけ目立たぬよう波風立てぬよう過ごし、帰宅後にスマホゲームやアニメを観るのが毎日の楽しみとなっていた。



「ああ、ハラ減ったなあ……」


 拓也は自宅マンションに帰ると、お腹が減ったので冷蔵庫のドアを開けた。昨日の夕飯の残りが少しある。拓也はそれを取り出し電子レンジで温め始めた。


 拓也の両親は離婚していた。

 浮気性の父親に愛想を尽かせて随分前に拓也の母親は家を出て行った。親権は父親になったが拓也が成長するとともに海外出張が多くなり、現在は現地の駐在員。日本に帰ってくることは年に数日程度である。



(やっぱり味はないな……)


 拓也は前日の残りを温め終えると無表情で口に運ぶ。ひとりでの食事は味はほとんど感じない。静かな部屋。無機質な食器の当たる音だけが寂しく響く。



「さて……」


 拓也は食事を終えると直ぐに自分の部屋に向かった。

 大好きなアニメのキャラに囲まれた部屋。ここが心から落ちつける場所。拓也はまだ寒い部屋に入ると手をこすりながら暖房のスイッチを入れた。




(おっ、やってるな)


 拓也はベッドに横になるとスマホを取り出し、今はまっているスマホゲーム『ワンダフルな世界で君と』を立ち上げた。



(みんないいスコアじゃん!)


『ワンダフルな世界で君と』(通称『ワンセカ』)は実際にあるラノベをもとに配信されているゲームである。実際に小説に登場するキャラをガチャで引き、配信される様々なイベントをこなしていく。


 そしてこのゲームの特徴は『ギルド』と呼ばれるグループをプレイヤーが集まって作ることができるというシステム。ギルド対抗でレイドボスを倒して点数を競ったり、ギルド同士で戦うイベントもある。

 そして拓也も当然ながらギルドに参加しており、意外ながら『ピカピカ団』というギルドの団長を任されていた。



(はあ、団長と思うだけで胃が痛い……)


 実際、拓也は前団長が引退する際に無理やり指名されて団長を受け継いだ。もちろん最初は断ったが前団長にはお世話になったし、団員からも以外は適任者がいないと口を揃えて言われた。



 とは言え基本『陰キャ』の拓也。

 ゲーム内にチャットはあるが、時々朝の挨拶をするだけでほとんど書き込みはしない。団員達も寡黙な人が多いのかチャットルームはそれほど賑わっていない。



(でも、それがいいんだよな。この距離が)


 拓也はその点においては満足していた。

 程ほどの距離を保ち、決して自分の領域に踏み込んでこない関係。いきなり暗黒障壁をぶち壊してやって来るあの陽キャとは無縁の世界。



「ねえ、木下君」


(うっ、……いかんいかん)


 今日の席替えで隣に来た陽キャ美穂の顔が頭に浮かぶ。

 拓也は首を横に振りそれを忘れ、スマホの画面に集中する。画面からはレイドボスに挑む団員達の姿が映っていた。苦戦しているのだろう、とても高いとは言えない点数が次々と表示されて行く。



「さて、そろそろ行こうか」


 拓也はスマホを見ながらひとりつぶやく。

 そして最新のSSRキャラで揃えた誰もが驚くパテでレイドボス挑戦ボタンを押した。



(うん、まずまずかな!)


 団員の反応はないが、拓也は他者よりも一桁多い数字を叩き出す。その数字に満足しながら拓也はネットで他のギルドの情報を探る。スマホゲームに関しては決して手を抜かない拓也。常に最新の情報をチェックしている。




(こんな時間がずっと続けばいいなあ……)


 拓也はベッドに寝転んでひとりそう思った。


 しかしこの時の拓也は思いもしなかった。

 このスマホゲームと今朝の席替えによって、学校で一番の陽キャ美少女と想像も出来ないほど深い仲になってしまう未来が待っていることなど。

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