アディショナルタイムを君と

そばあきな

アディショナルタイムを君と

 ✿


「これは、アディショナルタイムなんだってさ」


 そう言って「今日が峠だ」と言われていたはずの幼馴染の彼女は、元気そうな様子で僕ににこりと笑った。


「アディショナルタイム?」

 僕が尋ねると、彼女がこちらに寄って僕の手を取って口を開く。


「ほら、私ってもうすぐ病気で死んじゃうでしょ」

 ほら、じゃないよとは思ったがそれは口にせず、僕はそのまま彼女の言葉を待つ。


「でも、まだまだやりたいこといっぱいあったんだよね。だから死ぬ前に願ったんだ。やりたいことをやれる時間が欲しいって。そうしたら叶ったんだ。今の私はまだ病気になる前の、元気な十八の時の私なんだよ」

 

 くるりと一回転してひらりとスカートをはためかせた彼女が、得意げにこちらを見る。

 確かに、そんな特異な状況でなければ、病気で身体も弱りベッドから動けなかったはずの彼女が、こうして目の前でピンピンしているなんてことはないだろう。


「でも、十八ってことはあと一年もしない内にまた病気になるってことだよな? それとも、その一年の中でどうにか頑張ったら寿命が伸びて、その分長生きになるってこともあるのか?」


「それは、ないよ」

 やけにはっきりした口調で、彼女は僕に諭した。


「人が死ぬ運命を、そう簡単に変えることはできない。だからなの。私の人生の、ほんの延長時間。それが私が元気だった一年間を繰り返す権利なんだ。ちなみに累計して七十回分あります」

「ほんの延長時間どころじゃなくないか?」


 思わずツッコミを入れると、彼女が堪えきれないといった感じで笑い出した。

「ホントにそれ。でも、多い方が色んなことに挑戦できるからいいよね」


 ひとしきり笑った後、彼女はふいに真面目な表情になって僕に向き直る。


「私の人生はもう終わる。でも、十八歳の一年間を、七十回分過ごせるだけの猶予を貰えた。だからやりたいこと、一緒にやってくれないかな」


「…………いいよ」

 断る、なんて選択肢は初めからなかった。僕が肯定の意志を示すと、彼女は心底嬉しそうに僕に笑いかける。


「だよね」



 こうして死ぬ前の一年間を、僕は彼女と繰り返すことになった。



「とりあえず、ケーキバイキングをはしごしたいから付き合ってよ」

「一回目からカロリーの高いもの要求しないでよ」

「別にいいでしょ。これから何回も同じ一年を繰り返すんだから」


 それもそうだ、と思い直し、僕は彼女の手を取ってケーキ屋へと向かっていった。


 七十回も一年を繰り返していたら、途中でやりたいことも尽きてしまうのではないかと思ったりもしたが、そんなこともなかったらしい。


 始めはどうしようかと思っていた繰り返しの一年も、何回か過ごす内に楽しめるようになっていた。

 

 カラオケで十二時間耐久をするために開店直後のカラオケ店へと自転車を漕いだり、バンジージャンプをするためだけに隣の県までバスで向かったり、水平線から朝日が登るのを見るために早朝の電車で海に向かったりした。


 巻き戻る前日に一度はやってみたかったからと、二人で夜の電車に揺られて駆け落ちじみたことをしたこともあった。

 結局、両方の親に見つかり散々怒られ、でも次の日には時間が巻き戻っていて、全部なかったことにされていたけれど。

 もし、僕が彼女と逃亡することで、彼女がいなくなる状況を打破できるならやっていたかもしれないこと。

 病気なんてものに逃亡は通用しないと思い結局諦めたけど、実際にやってみて「やっぱり逃亡は通用しない」と諦めがついた気がした。



 春夏秋冬を何度も過ごし、君とやれていないことの方が少なくなってきた頃。

 気付けば、七十回目の最後の十八歳になっていた。



「普通に歳を取っていたら、私たち八十八歳だね」

「こんな身体が元気な八十八歳、普通に嫌だけどね」


 そうして僕と彼女は二人で笑い合う。これだけ一緒に過ごしてきて、家族より家族以上の存在になっていたように思えた。


「ところで、なんで七十年分の猶予だったの?」

 何となく今まで聞いてこなかったことを尋ねると、彼女が一度考え込んでから口を開いた。


「……多分、私が病気じゃなかったら生きていた歳なんじゃないかな。なんとなくだけどね」


 彼女の答えを聞いて「そうか」と納得する。


 彼女が病気でなければ生きていたであろう歳。

 繰り返す前に生きていた分と、一年を何度も繰り返した分を合わせて、八十八年分。

 それが彼女が本来生きていたはずの寿命だというのは妥当な気がした。


 繰り返してきた七十年に何の意味があったのか、累計八十八年間を生きてきたら少しだけ分かったような気がした。


 きっと彼女にとってはで、僕にとってはだったのだろう。


 現に僕は、繰り返す前に感じていた虚無も悲観もやるせ無さも、少しずつ薄れていっている。



「ここまで付き合ってくれてありがとう」

 眠たさに目を閉じる瞬間、君は確かに満足気に笑っていた気がした。



 ✿



 目を開けると、心配そうな僕の両親と彼女の両親の姿があった。


 家族の話によると、彼女が息を引き取るのとほぼ同じくらいのタイミングで僕は意識を失い、今までずっと眠っていたらしい。


 だから、僕が君と過ごしたはずの七十年間も、僕の頭の中だけで起こっていたことで、実際の時間はさほど進んでいないことにされたのだろう。


 数日経ち、僕は棺の中で目を閉じた彼女と顔を合わせることになった。

 七十年間を共にしたとは思えないほど若々しい顔立ちで、彼女はそこにいる。

 辺りでは「若すぎる」と、葬式に参列した誰もが彼女のことを嘆いていた。


 しかし、僕は知っている。

 彼女は病気でなければ生きていたであろう時間を、自分の好きなことをして過ごし、人生を全うしていたということを。



 ✿



 冬は過ぎ、もうすぐ春がやってこようとしていた。


 春生まれの僕は十九歳になり、僕より誕生日が早いはずだった冬生まれの君の年齢を、いつの間にか追い越してしまっていたようだった。


「行ってくる」と僕は写真の君に声をかけてから扉を開く。



 八十八年間生きた君の生涯は幕を閉じ、そして僕はこれから、初めて過ごす十九歳の一年を歩み出そうとしていた。

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