第42話 入れ替わり

「婚約破棄だっ!!!」


 その言葉でフローラは目を覚ました。


 なぜかフローラは見慣れた舞踏会会場で立っていた。

 大勢の貴族に囲まれて、デナウ王子やエミールたちが、いつものようにフローラを責めるべく、睨んできている。


 そう先ほどまで確かにロイの体で父アレスの病室にいたはずなのに、婚約破棄を突き付けられたその時に、ロイとフローラは体が入れ替わってしまった。


 どくん。

 いつもの光景に、フローラは心臓が高鳴る。


 怖い。怖い。怖い。


 なんで私はこんなところにいるの?

 ロイ王子と体が入れ替わってしまったの?


 デナウ王子とエミールの視線にいまにも謝ってしまいそうになる。

 謝ったら楽になれると。


 でも――。


 体は違うはずなのに、いまだに父と抱き合っていた感触が、フローラを奮い立たせた。

 何も悪くないのに、泣きながら謝る父の姿に、感じた憤り。

 悪いのは全部父アレスを縛り付けていた国王と、それにのって嫌がらせをしてきたデナウ王子やエミール達だ。


 なのになぜ、つらい目にあって、必死にフローラを守ろうとしてくれた父が、あそこまで卑屈にならなければいけないのか。

 何故泣きながら謝らなければならないのか。


 違う。そんなの絶対間違っている。悪いことをしたものが謝るべきで、何もしてない父が謝るべきじゃない。


 謝るな。立ち上がれ。屈しちゃいけない。

 辛い思いをしていたのは私じゃない。


 ここで屈したら、父の努力を、父の我慢を、そしてフローラを思って行動してくれたロイのやさしさをすべて無駄にしてしまう。


 謝ってしまったら、また元のダメなフローラに戻ってしまう。

 

 謝らない、戦ってみせる、そして父に胸を張って言おう、謝るのは違うと。

 だから考えろ。


 よくわからないけれど、ロイ王子は以前デナウ王子に婚約破棄させ独立すると言っていた。

 状況から察するにこれはロイ王子がデナウ王子をあおった結果、デナウ王子がロイ王子の思惑通り婚約破棄を突き付けたに違いない。

 けれど、以前話してくれた事をそのまま実行するならば、ロイはフローラに今日することを話しただろう。

 ではロイ王子はなぜフローラに今日デナウ達と対決する事実を話さず秘密裏に遂行したのか。

 それはおそらく戦争を意識しているからだ。


 ロイの狙いは 独立宣言ではなく 宣戦布告。

 真っ向から戦う事を宣言するため。


 気弱なフローラに戦争になって多くの血が流れる事を知られたら傷つくと思ったから、フローラに婚約破棄の決行日を教えなかった。


 フローラが知らないうちに、ロイが戦争を決めた。

 だから戦争で死者がでてもフローラは悪くない、全部ロイが悪いのだと、いうために秘密にしたまま決行したのなら説明がつく。


 ロイはいつだってフローラに気を使ってくれて、傷つかないように計算してから動いてくれている。

 

 だから、ロイはフローラに戦争責任の逃げ道を作るために、隠して決行したに違いない。


 けれど予想外に、何らかの理由で体が戻ってしまった。

 いま、ロイの意思を告げるのは私だけ。


 怯えるな。


 立ち止まるな。


 ここで戦わなければ、みんなのしてくれた事が無駄になる。

 父アレスに胸をはって、悪くないのに謝るのは違うと言えるように。

 自分自身が変わらなきゃ。


 私は誇りあるファルバード家当主、氷の騎士アレスの娘。

 

 ロイ王子ならどうするか。

 最適解はいつだってロイ王子が示してくれている。

 ロイ王子がなんの備えもなくこの場にいるわけがない。

 おそらくすでにこの城にロイの手のものを置いてフローラの体を守る準備は万全にしているはず。

 害される心配はいらないだろう。

 だとしたら、正解は一つしかない。


 しばらくの静寂の後フローラは深呼吸をして、にっこり笑う。


「婚約破棄ですか、はい喜んで♡ 

 いまこの時、ファルバード家とドムテラムド王国の盟約は無効になりました。

 わが領地は独立しドムテラムド王国に宣戦布告させていただきます★

 首をあらってまっていやがれ♡」


 そう言ってフローラは優雅にお辞儀をすると、挑発的な笑みで微笑んだ。


 その言葉とともに兵士たちがずらりと囲む。


「おや、宣戦布告の使者を殺すのは戦争法によって禁じられてるはずですが、まさか法を犯すおつもりですか?」


 フローラがくすくすとからかう口調で言うと、デナウは耳まで顔を赤くした。


「ぐっ!! かまわぬっ!!捕まえろ!! すべて口を封じてしまえばいいだけだ!!」


 と、デナウが指示しようとした途端。


「戦争法無視とはいちいち頭が悪い連中だ」


 別のところから声が聞こえ、視線がそちらにうつる。

 そこにいたのはエルティルとレクシスを引き連れ現れたロイの姿。


「貴様この前の」


「迎えにきたぞフローラ、よく頑張った。さすが俺の嫁だ!」


 そう言って手を広げる。


「ロイ殿下!!」


 フローラはそのまま駆け出して、ロイの胸に飛び込んだ。

 

「信じてました!きっと助けにきてくださると」


「よくやったなフローラ、さすが俺の嫁!!」


 そう言ってフローラを抱きかかえた。


「貴様っ!!やはり浮気していたのか!?」


「豊穣の聖女様と浮気してたお前がいうのかよ」


 そう言って、ロイはフローラに目配せすると、フローラもこくんと頷いて、挑発的な笑みを浮かべたままデナウの方に振り向いた。


「「それでは次は戦場でお会いいたしましょう♡」」


 そう言って二人はにっこり微笑んだ。

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