第18話 ぜひ嫁に!

「男の自意識過剰があれほど気持ち悪いものだと思わなかった」

 

 ファルバード家の館のフローラの自室で毛布にくるまりながらフローラ姿のロイがつぶやいた。

 いまでもあの王子が抱いてやるとすり寄ってきた光景を思い出し鳥肌がたつ。

 中身男のロイでさえ、あの行為に気持ちが悪くてぞくりと身震いしたのだから、女性であれをやられたら恐怖以外の何物でもないだろう。


 体を入れ替えていたことに安堵する。

 フローラにあのような怖い思いはさせられない。


「王子のいままでの行為がいかに気持ち悪いか自覚できました?」


 セルクが自分のお茶に砂糖をドバドバ入れながら突っ込んできた。


「大丈夫!俺は違う!」


 セルクのつっこみに無駄にかっこいいポーズをとって言うロイ。


「だめだこいつ。何とかしないと」


「そういうお前こそその砂糖の量なんとかならないのか。見ているだけで吐きそうなんだが」


「糖分は魔力維持に必要です。仕方ないでしょう」


「そんなの聞いたことないぞ」


 がぶ飲みするセルクにロイが突っ込む。そんなやりとりを二人でしていると。


『王子、今お時間大丈夫でしょうか?』


 シューゼルク王国にいるはずのレクシスから魔道具で通信がはいる。


「レクシス、どうした?」


 魔道具に近寄るとレクシスはこほんと軽く咳ばらいをして、ロイを見据えた。


『フローラ様がお話したいことがあるそうです』


「フローラ嬢が?」


 ロイとセルクは顔を見合わせるのだった。


★★★



「つまりここに魔力の流れ――龍脈が通っているってことか?」


 互いに挨拶をし自己紹介をしたのち、フローラがレクシスに促されて遠慮がちに語りだしたのは今後おこりうる可能性のある農作物の不作問題についてだった。


「はい。神殿もすべての龍脈を管理できているわけではありません。

 こちらは把握されていない龍脈かと思われます。」


 と、地図を指しながらフローラがロイに説明する。

 フローラが説明したのは作物の分布図とそれにともなう龍脈の影響。

 過去の龍脈のデータと比較して、公で知られている以外の龍脈の存在を作物の実りの分布図から割り出したものだった。


「作物の分布図を見ても特に、不作のものと豊作のもの作物の種類がバラバラで一定法則はみれないが?」


 ロイが聞くと、フローラは首を横に振った。


「見ていただきたいのは作物の種類ではありません。その作物がどこから魔力を吸収しているかです」


「どういうことだ?」


「地域ごとに作物は品種改良されています。

 同じ野菜のトトでも、魔力を通しやすい土壌、逆に魔力を通しにくい土壌などの生育環境によって、魔力を吸収している地層が異なります」


「へぇ。そうなのか」


「そしてこれが、作物の品種、土質、水質、魔力鉱石の位置等からわりだして、魔力を吸収している層でわけた作物の分布図です。これを見ると問題点が見えてきます。

 そこからさらに計算して推測される龍脈がこの赤線で記入された図になります」


「……3層から魔力を吸収している作物が、聖女エミールが豊穣の力をつかったときに不作になっている?」


 ロイの言葉にフローラがうなずいた。



「なるほど。

 つまりこの不作になったルートに魔力の流れ龍脈があり聖女が力を使って吸い上げたため、こちらの実りが悪くなったと?」


「はい。

 聖女が大規模な儀式をとりおこなった周期の時だけ龍脈沿いの地域の魔力を必要とする作物の収穫量が減っています」


「はぁ、なるほどな。しかしよく気づいたな」


「不作になった年と豊穣になった年や国の分布図を調べ上げ過去の情報から予測しておりました。

 一国だけのデータでは見えなかったことが二か国の情報を合わせた結果いろいろ推測できるようになりました」


 フローラは資料を提示したあと、まっすぐロイの目をみつめた。


「そして問題はここからです」


「何かあるのか?」


「先日聖女の無駄な出費をとがめられ、こちらの地方の実りを勝手に豊穣にしたのですが」


「ふむ」


「おそらく地図部分でいうとこの部分。こちらの実りが悪くなりつつあります。

 そして龍脈と大地の精霊たちの休眠期にあたる魔力不足により、大陸規模の大規模な不作になるおそれがあります」


「大地の精霊の休眠期?」


「この件につきましては、別途資料をまとめました。

 精霊たちの動きを予測するのに至った経緯とその表です。

 あとで読んでいただけると。とにかく食料の備蓄を増やす必要があります。

 取り急ぎ買い付けの資金捻出と、魔力のいらない作物の増産を許可していただきたいのですが……」


「……ちょっと待ってください、これをフローラ様一人で?」


 魔道具でフローラの作り出した資料を見たセルクが驚きの声を上げた。


「え、えっと……レクシス様にも過去のデータを見せていただき手伝っていただきました」


 何かいけなかったのかと、フローラが慌てた様子でレクシスを見る。

 そうするとレクシスも「はい、左様で」と微笑んだ。


「いえ、怒っているとか不備があるとかそういうことでなく」


 そう言ってセルクはフローラの送ってきた資料を見る。

 この資料は黒の塔でも上位の見れる精霊の資料とほぼ変わらないのだ。

 大地に流れる魔力の流れ龍脈はその魔力を利用することでかなりの恩恵を得られる。

 そのため各国ともたとえ発見したとしても極秘情報として情報を公開しない。

 それが故、黒の塔が何年にもわたって調べ上げたことを王国の作物の実りの分布図をみただけでフローラは法則性を見出した?


 そう、思ったいた以上にこの令嬢は優秀だ。


「フローラ」


「は、はい?」


 ロイに急に見つめられて、何か気に障ることをしてしまったのかとフローラは青くなる。

 本当はこのことをロイに説明するようにレクシスに頼んだのだが、レクシスに「是非フローラ様の口から殿下に報告してあげてください」と言われてしまい、渋々説明した形なのだ。

 やっぱり私なんかが殿下に説明したのが気分を害されてしまったのかしら?

 フローラがびくびくしていると、ロイはかまわず魔道具にぐぐぃっと近寄って


「お前が欲しい!!」


 と、叫んだ。


「……え!?」


 思っていた対応と違って思わずフローラは間の抜けた声をあげてしまう。


「すごいよ、フローラは!! この資料マジ天才!さすが氷の騎士の子!もう女神!」


「え、い、いえ、その」


 身を乗り出して興奮しているロイの姿になんと返していいのかわからなくて、思わずレクシスに視線をフローラがおくるとレクシスはにっこり笑った。


「前にも説明しましたが殿下は人材オタクでして」


「じ、人材オタクですか?」


「優秀な人材を欲しがるという困った方なのです」


「何をいう!優秀な人材は国の宝だ!愛し愛でる事になんの問題がある!

 お前だって優秀な秘書官で愛しているに決まってるだろう」


 と、通信機の向こうから興奮したままのロイが言う。

 自分の体で男性に向かって愛していると叫ばれて、フローラは思わず顔が赤くなる。

 


「公然とこのように誤解をうける発言をいつもやっているお方なので気にしないでください」


 通信機を隠しながらレクシスが笑った。


「あ、は、はい」


(つまり私を優秀とみているということ?殿下が?)


「フローラ!この件がおわったらぜひうちに嫁に!」


「また誤解を与える事を言ってないでそろそろ夜が明けます。通信切りますよ」


 愛の言葉を延々と叫びそうなロイにレクシスがにっこり微笑んだ。


「いやだぁぁぁ口説かせろぉぉぉ!!!」


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