第15話 平等の愛

「で、あの性悪侍女と聖女の事は通報したのか?」


 王宮から王都にあるファルバード領の館に戻り執務室でフローラの体のロイが椅子にふんぞり返って言うと、セルクは「ばっちりと」とにっこり笑った。


「にしても……なんでこんな幼稚な嫌がらせがまかり通っているんだここは」


 呆れたようにロイが書類を見ながら言う。


「おかしいですね。

 このような腐りきった国にあの氷の騎士アレスが忠誠を誓っている理由がわかりません」


 と、セルク。

 彼も魔獣討伐の遠征部隊で、アレスとともに行動をしたが、彼は実直で誠実だった。

 冷徹で冷血などという噂などあてにならないと思うほどに彼の行動は正義感に溢れ、規律を重んじた。

 そのアレスがなぜこのような規律の乱れた国に忠誠を誓っているのかわからない。

 ファルバード家の軍事力、経済力なら独立しても十分やっていける。


 氷の騎士アレスは現王デデウ・グル・フォン・ドムテラムドの父の代に忠誠を誓った忠臣だ。

 すでに故人となった英雄だった現国王の父を師として慕っていたためそのまま息子にも忠義を誓っているのだろう。

 しかしこのように自らの娘が理不尽にいじめられている立場なのに、義に厚いと部下から慕われているアレスが放っておくわけがない。

 何より死を目前にして助けてくれと懇願してくるほど大事にしているはずの娘が、こんなわかりやすい嫌がらせをうけているのを放置している意味がわからない。


「あの虹色に輝く空よりも美しい剣技と、清き谷から流れ落ちる清流のように美しく澄み切った魔力、そして咲き誇るバラの花よりも麗しい技を放つ氷の騎士がだぞ!

 なんでこんな不遇な扱いをうけないといけないんだ!」


 と、ロイが頭をかかえた。

 その様子を半眼で見ていたセルクが


「前から持っていたんですけど王子その恥ずかしい誉め言葉なんとかなりません?」


 クッキーをぱくつきながら突っ込む。


「なんだ、セルクもほめてほしいなら、辞書の分厚さにもなるほどの美辞麗句を!

 なんなら俺のほとばしる愛をしたためた愛の文を送ってもいい!

 俺の愛は優秀な部下には皆平等だ!!」


「やめてくださいそんな拷問」


 フローラの姿で顔を近づけるロイにセルクが頬をひきつらせながら即答で答えるのだった。


★★★


 それから数日。

 ロイはひたすら屋敷内の不正をあばくことに着手した。


 ファルバード家の領地から離れた王都にある屋敷なため、キャロルがかなり実権を握ってしまっていたからだ。

 フローラとアレスを仲間に引き入れるにしても、彼らに害をなすようなものが配下にいた状態ではいつまた危険に見舞われるかわからない。


 転魂の術は魂に負荷がかかる。

 そう何度もできるものではない。

 フローラの体にいるうちにやれるだけの事はやっておきたい。

 屋敷に仕える者をロイの息のかかったものに入れ替えて、フローラの身の安全を確保する必要がある。


 また治療の間で治療を受けている氷の騎士アレスは神官達の報告では命の危機は脱したらしいがいまだに目を覚まさないらしい。

 アレスの庇護がない以上、フローラが元の身体に戻ってもがっちりガードできるように人員を整えておかないと。

 


「さて、屋敷の粛清リストは出来た。

 横領だのなんだの犯罪を犯していたのは、王族にばれないように始末する。

 あとは疑われない程度に徐々に人員を交代していくから手配を引き続き頼む」


 通信の魔道具で自室から本国にいるレクシスと連絡をとりながらロイが言う。

 ロイの言葉にレクシスは頷いた。


「で、そっちは変わりないか?」


「はい、嬉しそうに殿下の仕事を代わりにやっています。

 ですが本当によろしいのですか、他国の者です。

 フローラ様も気にしていらっしゃいましたが」


「かまわない。

 こちらの情報をフローラが知ったと知れば氷の騎士もこちらの誘いをさらに断りにくくなるだろう。

 彼は義に厚いからな。それにフローラもこちら側に来てくれという誘いを断りにくくなる」


 えっへんと胸をはりながらロイがいう。


「良心を人質にとるとか、さすが殿下汚い。相変わらず汚い」


 同じ部屋でロイとレクシスの通信の様子を見ながらセルクが薄目で突っ込むと、ロイは嬉しそうになぜかそんな褒められてもと頭をかく。

 セルクも突っ込み疲れたのかそれ以上は突っ込んでこなかった。


「……で、なんで自殺しようとしたかは話したか?」


 ロイの問いにレクシスは首を横にふった。


「それとなくは話を振ってみたのですがその件についてはいまだ口をつぐんでいます。

 どういたしますか」


「うーん。いいや。大体想像はつく」


 屋敷や城での様子から理不尽な虐めに疲れての自殺だろう。

 それをわざわざ思い起こさせるのも可哀想だ。


「俺の体にいるときくらい、楽しいことをおもいっきりさせてやってくれ」


 ロイがフローラの身体でにかっと笑うと、レクシスは呆れたように肩をすくめる。


「そういうと思いました」


「彼女はこちらが保護している間くらい。楽しい思いをさせてやりたい。

 なるべく望むことをやらせてやってくれ。仕事も無理をさせないようにな」


「はい。かしこまりました。ところでフローラ様なのですが……」


「うん?」


「この書類なのですが、我が国の収穫高を見てフローラ様がまとめたものです。

 今から転送するので目を通していただけますか?」


「うん?」


「おそらく殿下がフローラ様も欲しがるとおもいますよ」


 そういってレクシスが書類を転送する。


「もちろん。もう射止める事は確定ずみだ。必ずこちら側に親子両方もらい受ける」


「そう言うと思いました」


 ロイの満面の笑みにレクシスがやれやれとため息をつくのだった。


★★★


「それでは今日はお疲れさまでした」


「今日はありがとうございました」


 寝室で、レクシスが仰々しく挨拶をするとベッドに横になったフローラが微笑んだ。


「こちらこそ。

 殿下より真面目に仕事をしてくださるので、かなり片付きました。

 ありがとうございます」


 そう言って、一礼すると部屋から出ていく。


 なんだか夢みたい。

 ベッドにもぐりこんでフローラは思う。

 みんなよくしてくれて、私が意見を言ってもちゃんと聞いてくれる。

 そして意見を聞いてくれるだけじゃなくて、ちゃんと問題点も指摘してくれて、いいところはちゃんと認めてくれる。

 フローラだった時はみな頭ごなしに否定するだけで、誰も私の話なんて聞いてくれなくて、些細なミスを延々と責められるから失敗してはいけないというプレッシャーでおしつぶされそうだった。

 でもレクシスさんはとても優秀で、間違ったらちゃんと怒らないで修正してくれた。


 王子様ってすごい。


(……いえ、本来なら公爵令嬢の私もあれくらい慕われてないとダメなんだ。

 それなのに私はみなに嫌われていた)


 結局はこのオドオドした性格のせいなのだと憂鬱になる。


 でも、父が最後王子に私を頼んだというのなら父は私を愛してくれていたのかもしれない。

 レクシスさんは体の方は順調に回復しているので目覚めるのはもうすぐだと言っていた。

 もし……目が覚めたら、父はどんな顔をするのだろう。


 幼い時、自分をみた父の憎悪の籠ったまなざしを思い出す。


 やっぱりわからない。

 あんなに憎んでいるようだったのに、なぜ父は王子に私を頼んだの?


 なぜいままでいじめられている状況を見て見ぬふりをしていたの?


(真実はどこにあるのかな)


 フローラはシーツにくるまれながら思いを巡らせるのだった。



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