第13話 温情

「これはフローラ様」


 セルクがエミールの肩越しにフローラに挨拶をすると、エミールはにんまりした。

 

 これはチャンスだわ。


「フローラ様お久しぶりですっ!?」


 エミールはフローラのところに嬉しそうに駆け寄り……


「ああっ!!」


 フローラの前に行くと勝手に倒れた。

 セルクの視界からはまるでフローラに押されて倒れたように見えるように。

 これはいつもエミールが使っている手だ。

 大体この手を使うと、フローラはすぐ謝るためそばにいる男性は勝手にフローラが突き飛ばしたと誤解してくれる。


 案の定


「ひどいいくら何でもこんなことをなさるなんて!?」

「そうですわ聖女様になにを!?」


 と、エミールにつき従ってついてきた侍女たちがフローラに叫んだ。

 いまにもフローラに食ってかかりそうな侍女たちにエミールは悲し気に立ち上がりながら。


「いいのよ。みんな私が勝手に転んだだけだから」


 と、悲劇のヒロインのように答える。

 大体いままでこれでフローラを悪者にしてきたのだが。


「ええ、間違いなく勝手に転びましたね」


 と、冷めた目でセルク。


「なんでこんなところで転んだのかしら?不思議ね。

 前に向かって躓いたのに後ろにしりもちをつくとか面白い転び方をして斬新だわ」


 今度はフローラも腕を組みながら不思議そうに言う。


「な、フローラ嬢、聖女様になんてことを言うの!?」


「聖女様が勝手に転ぶなんてあるわけないでしょう!?

 自らの罪を認めないなんて!!はやくあやまりなさいっ!!」


 聖女の付き人の侍女がフローラを攻め立てる。


(そうよ、そうやってフローラを悪者にしててあげてセルク様の気をこちらに……)


 エミールが心の中でほくそ笑んでいると


「それは私の意見を訂正しろということですか」


 セルクが攻め立てる侍女たちに冷たい言葉を放つ。


「え!?」


「私も拝見していましたが、明らかにエミール様が勝手に転びました。

 私はそう発言したはずです。

 あなたたちは黒の塔の私の意見をないがしろにしたことになる」


 そう言って、セルクは侍女二人の前に立ちふさがる。


「そ、そのようなおそれおおいことは」


 侍女の顔色が悪くなった。


 いままではこうやって難癖をつけてフローラを攻め立てればフローラが勝手に謝ったため、フローラのせいにできたのに。


 慌てて侍女たちがフローラの方を見るとフローラはにやにやと笑って扉に寄りかかっている。


 なんで謝らないのとフローラを睨んでみるけれど、フローラは面白そうにこちらを見ているだけだった。


(なんでいつもと展開が違うの!?こうなったら仕方ないわ)


「ごめんなさい。私のせいよ」


 エミールが二人をかばうかのように前にでた。

 侍女二人をかばう健気なヒロインで株をあげるしかない。


「この二人は私をかばおうとしただけなの、責めるなら私を責めて!」


 泣きそうな声でエミールが言うと、後ろにいた侍女たちは泣きそうな顔で「エミール様」と感動していた。


(そうよ、これよ、私が悪者になるはずなんてないんだわ)


 エミールが心の中でほくそ笑むと、セルクはため息をついて。


「ではあなたがこの二人の罪をかぶると?」


 セルクが思いがけないセリフをはく。


「え?」


「今回の件は黒の塔より正式に抗議させていただきます。

 護衛任務中の対象にいわれのなき因縁をつけた。

 これが意味することをあなたたちはわかっているのですか。

 我々黒の塔に喧嘩をうるにも等しい行為」


 そう言ってセルクは胸にある黒の塔の勲章をとりだした。

 この勲章は通信の魔道具になっており、黒の塔にも連絡がつく。


「え、え……?」


 エミールが固まっていると、フローラが扉によりかかりながら、わざとらしくハンカチで目をふきながら。


「お優しい聖女様。彼女たちの身代わりになって【黒の塔】の制裁を受けてあげるだなんて。

 【黒の塔】の懲罰委員会で有罪が決まれば社会的に抹殺されたも同じ、私にはできませんわ」


 と、うるんだ目で見つめた。


「制裁!?」


「当然です、黒の塔の七賢者の一人の護衛対象に無実の罪を着せるとはそういうことですよ?

 私にも温情があります。エミール様が先ほどの発言をしたというのならその二人の罪は不問にいたしましょう。

 しかしエミール様には正式な手順にのっとって裁判を受けていただくことになる」


 その言葉にエミールは慌てて手をふって


「わ、わたくしは関係ありませんっ! あの二人がやったことですわっ!!」


 と、二人と距離をとりはじめた。


「せ、聖女様!?」「そんなっ!?」


「あら、心優しき聖女様は助けてくださらないそうですよ?どうします二人とも?」


 フローラが言うと、侍女二人は慌てて頭を下げて、


「助けてくださいフローラ様」「私たちが間違っておりました」


 と、懇願する。けれどフローラは優しい笑みで微笑んだ。


「い・や♡」


 ……と。


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