第2話 生きる事への絶望

  かたん。

 屋敷の自室に戻ると粗末なテーブルに乱雑に食事が置かれた。

 目の前に出された食事にフローラはため息をついた。


 スープとわずかばかりの小さい硬いパン。


 使用人の食事と変わらないのだ。

 むしろ彼らより質素かもしれない。


 父の代わりに家をとりしきった叔母キャロルになってからフローラの待遇は一気に悪化した。


 この世界では血筋と魔力、そしてその家が代々引き継ぐ聖剣が主を決めることで後継者を決める。

 フローラは父アレスの血を引いており、正当な後継者はフローラだ。

 父アレスの死が認められ、ファルバード家の聖剣の所有者が死んだアレスからフローラに移ってしまえば、叔母のキャロルがファルバード家の実権を握るのは難しくなる。

 いくら王が介入しても、聖剣が決めた主がその家を継ぐことはかえられない。


 だからキャロルはアレスの死が確認されて聖剣が新たな所有者を選ぶ前にフローラに死んでほしい。


 それが故このような不遇な状況に置かれているのだろう。

 死んだらキャロルを喜ばせるだけだ。

 頭ではわかっている。


 でももう耐えられない。


 たとえ聖剣がフローラを所有者に認めたところでそれが何になるのだろう。

 おどおどして誰もついてきてくれない当主。

 人に怒鳴りつけられるだけで委縮してしまい、震えて動けなくなる。

 祭りごとさえこなせない。こんな私が当主になってなんになるの――?


 部屋の片隅にこれみよがしに置かれた植物の栄養剤サランの薬にフローラは目を移す。

 これは植物に注げばよく育つ栄養剤。

 けれど魔力をもつ貴族が飲むと体に眠る魔力が荒れ狂い毒となる劇薬。

 

 そう――。自殺しろというかのように薬がおいてある。


「あの世に行ったらお母さまになら愛してもらえる?」


 薬の瓶をもちつぶやいてみる。


 もう嫌だ。生きていても意味がない。

 魔獣討伐に行って行方不明になった父はどうせ死んでいる。

 このまま生きていてもフローラは領主の座を追われ、叔母に殺される未来しかない。

 ならいっそこのまま苦しい思いをするより死んだ方がいいのではないだろうか。


 ――そうよ。生きている事に意味はない。


 誰かの声が聞こえる。自分の中にいるもう一人の自分の声。


 ――誰か貴方を愛してくれた?

 小さい時から父親にも会えず一人放置され、婚約者にもひどい扱いを受けている。

 そしていまはどう?使用人にさえ虐げられているの。こんな惨めな事はある?

 豊穣の聖女様が光なら、貴方は影にもなれない埃にすぎないの。


 名ばかりの公爵令嬢 フローラ。

 母の身分が低いいつわりの公爵令嬢 フローラ。

 身分の低い貴族ばかりか従者にまで馬鹿にされるフローラ ――


「やめて!!お願い!!!」


 フローラは聞こえる声に耳をふさいだ。


 お願いそれ以上は言わないで。

 わかっている、わかっているの、自分に価値がないことくらい。


 そう、みんな私なんて死ねばいいと思っているってわかってる!


 フローラはおもむろに薬の瓶をあけると一気に薬を飲み干した。


 とたん激しい激痛がフローラを襲う。

 魔力の荒れ狂う感覚にフローラは悲鳴をあげた。


 これで私はみんなの役にたてた?

 死ねばみんな喜ぶの?


 でも、自分を虐げていた人を喜ばせてなんになるのだろう。


 誰かに愛してほしいと願うのはそんなにいけない事だったのだろうか?

 父に、婚約者に、少しでいいから愛してほしいと願った私はそんなにいけないの?


 苦しさに、ただもだえる。

 息をするのすら激痛がはしり、心臓がしめつけられた。


 ドクン。

 全身に血が駆け巡る感覚。

 体の中の魔力が荒れ狂う。

 痛みに死を自覚する。


 やっぱり嫌だ死にたくない。


 怖い、痛い、苦しい。

 私は生きるだけで罪だったの?

 それとも逃げようと死のうとしたからいけないの。


 わけがわからない。

 

 怖い。助けてお母さま。助けお父様。なんで来てくれないの?

 

 助けて、痛い、怖い、お願い、死にたくない。


 だれか。助けて――。


 願った瞬間。手を誰かに強く握られる。


 ――え?――


 そこにいたのは金髪の精悍で人懐っこい顔つきの青年。


 ――誰?――


「任せろ!この俺、ロイ様が助けてやる!」


 そう言ってそのロイと名乗る青年が笑ったところで――フローラは意識を失った。

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