無職になってやさぐれていたら、座敷童子ならぬ座敷金髪ロリが見えるようになった……

宇枝一夫

座敷童子(ざしきわらし)は金髪ロリで米寿だった……。

 街中でクリスマスが彩り始めた十二月。


 業界ではちょっと名の知れたソフトウェア会社に勤めていた俺、遠野邦雄とおのくにおは、奈落の底へと突き落とされた。


 会社の倒産。

 最悪なのは、経営陣が会社の金を持ち逃げして行方不明なことだった。


 ただでさえ業務から社内の雰囲気までブラック気質で、そこへ倒産の追い打ちをかけられた俺たちは、憔悴しきった顔で弁護士の話を聞き、淡々と手続きを進めてきた。


 身の回りが落ち着いてくると、改めて無職の現実が襲ってくる。

 母から

『お正月はどうするの?』

と連絡が来た。


 祖父母は亡くなったが、親戚中を前にして堂々と無職を宣言する気力も無く

『正月も仕事だから』

毎年恒例の返信をした。 


『来年になったら本気出してハロワ行く』

『今はとりあえず体を休めるか』


と年末年始は惰眠を貪るようにしたが、それがいけなかった。


 考えれば考えるほど落ち込むようになり、気を紛らわせるために飲めない酒に手を出し、毎日が二日酔いだった。


 1DKの部屋は、俺の脳みそを含めたすべてが腐海と化していた。


”くにおはほんとうにいいこだね”


 ある日の夜中、聞こえるはずのない母親の声? が脳内に響き目が覚めると……見てしまった。


 部屋の隅で立ちながら、俺をじっと見つめている少女を……。


 金髪で、透き通るような真っ白な肌。

 透けるような白のワンピース。

 歳は……その時・・・は小学校低学年に見えた。

 体全体が薄ぼんやりと光っていて、しかも少し浮いているよう。


 酒による幻覚か?

 そもそもいつからそこにいたのか?


 近づいて触ろうと手をのばすと、体を突き抜けた。


 とうとう俺の脳内はCADソフトが起動するどころか、ヴァーチャル配信者をこしらえるまで進化したと自虐した。


 スマホで調べてみると、レビー小体型認知症という、いるはずのない人や動物などが見える病気があるらしい。


 この年で認知症か……。

 確かに会社はブラックで、気が狂いそうだったな。

 さらに酒浸りだ。とうとうおかしくなったか……。


 それでも『部屋に少女が出る』で検索すると、ある結果が表示された。

 古来より東北地方で、旧家に出没する妖怪、《座敷童子ざしきわらし》だと……。


 だがここは旧家ではなくアパート。

 しかも東北地方ではなく都内だ。

 実家も両親も祖父母も東北出身ではない。


 それに座敷童子は着物を着ておかっぱの少女。


 考えたくないことを考えてしまう。

 いや、ヴァーチャルだ、認知症だ、座敷童子だと決めつけて、その可能性からそむけてきたのかもしれない。


 漢字二文字の存在、《幽霊》だということを……。

 スマホで写真に撮ると……写っていない。

 幽霊なら写真に写るはず……?


 スマホを消すと、俺は何も見なかったことにして布団に潜った。


 翌朝、少女はいなかった。

 TVでは成人式のニュースが流れている。

 今日は日曜日か? 祝日の月曜日か? それとも火曜日?

 なんかもう曜日なんてどうでもよくなってきた。


 ……そして昼になるとあの少女が現れた!


 ベッドで寝転がる俺の真横に立って!

 さすがに変な声が出そうになった。


 ……しかし、よく見るとかわいい?

 いやいや、俺はロリコンじゃない。


(これは幽霊じゃない、人形なんだ)


 そう考えれば恐怖を感じない。

 改めてマジマジと眺めてみると、なんか少し悲しそうな顔をしている。

 やっぱり不幸な目に遭った少女の幽霊なのか?

 俺に取り憑いて呪い殺すのか?


 それもいいなと考える。

 このまま野垂れ死んでも……。

 

 すると少女は、もっと悲しそうな顔をした。

 俺の心が読めるのか?


 いくら幽霊や座敷童子でも、女の子を悲しませるほど俺は堕ちていない。


(とりあえず部屋を何とかするか……)


 初めて家に招き入れた女の子を前にしてやる気が出たのか、

”いよっと”

と声を出し起き上がると、少女の顔が、


 ……ちょっとだけ笑った気がした。


 とはいえ腐海に飲み込まれたこの部屋。

 当然、一日二日で終わらない。

 酒はやめ、体を休めながら少しずつ片付けていく。


 あれから少女はまるで様子を見に来るように現れると、掃除や洗濯をしている俺やきれいになっていく部屋を見て微笑んでいた。


「そういえば、君は何歳だ?」

 少女は両の指で八、十、八と俺に向けてきた。

「八十八歳!?」

 ”コクリ”と少女はうなずいた。


 ある日、少女は俺の仕事カバンを指さした。

 開けてみると、倒産の説明会の後、ヤケで買った年末宝くじが百枚入っていた。


(昼間に外へ出るのは久しぶりだな)


 外へ出ると少女はついてこなかった。

 座敷童子だから当たり前か。

 いや、地縛霊って可能性もあるか。


 何より、まだ一言もしゃべらないし……。


 売場で調べてもらうと百万円当たっていた!

 すぐさま銀行へ行き、ATMに入金する。


 やっぱりあの少女は幸福を呼び込む座敷童子か?

 いやいや、抽選日の大晦日にはまだあの子は現れていなかった。

 ただの偶然……か?


”くにおはこんぴゅうたぁがじょうずだね”


 頭の中で響く声で目が覚めると、朝になっていた。

 コンピューターか……。

 いくら宝くじと貯金があっても、早めに仕事みつけないとな。


 ハロワへ行き、各種手続きをし、端末でSEの求人を探すと表示されたのは

『あの会社よりまだウチの方がマシ』

揶揄やゆしていた会社ばかりだった。


 家でもノートパソコンでSEの求人サイトを見てみる。

 少女が現れ、一緒に画面を見るが、彼女は何の反応も示さなかった。


 ここにはいい仕事がないってか?

 それとも違う職種の方が?

 ……さすがに頭が疲れた。


 久しぶりに料理をするか。

 スーパーへ買い物へ行く。


 俺は年の割に煮物、特に筑前煮が好きだった。

 一人暮らしするときは母親からレシピを聞いて、さらに自分流にアレンジし、そのメモを冷蔵庫に貼り付けてある。

 

 鶏肉、ニンジン、レンコン、こんにゃく、椎茸等をカゴに入れる。


 家に帰り早速作り始めると彼女が現れ、少し浮かんでじっと見ていた。

 なんか微笑んでいるぞ。

 料理が好きなのか?


 こうして鍋一杯の筑前煮ができあがる。


 食べる分だけ小皿に移し、後は冷蔵庫へ。

 スーパーで買った惣菜を皿に盛り、炊きたてご飯を茶碗に盛りいざ突貫!


 美味い!

 ……美味いが、子供の頃食べた筑前煮には敵わない。


 アレは本当に美味かった。

 どこで食べたのだろうか?

 料亭か? おせち料理か?


 少女は目の前の椅子に座ると微笑みながらじっと見ている。

 ちなみに実体化していないから、座っているポーズで椅子の上に浮かんでいるのだ。

 食べたいのかな?

 箸で鶏肉を掴んで差し出すが、首を横に振った。


 何度もハロワに通い、家では求人サイトをチェックするが、これという求人は見つからない。

 そんなとき、少女はデスクトップにあるフォルダを指さした。


 ”俺が組んだプログラムだから俺のモノだ!”


と、会社の倒産時、サーバーからダウンロードしたヤツだ。


 改めてみるとけっこう雑な作りだな。

 無理もない、精神状態がそのままコードに現れていた。

 これじゃあ入社試験でプログラムを組んだとき、落とされる可能性がある。


 気分転換に組み直してみると、意外とすんなり集中できる。

 ネットで調べ、無駄のないコードを組み直すことができた。


 部屋の片付けもかなり進んできた。

 そんなとき、少女は玄関に積んである他社のパンフレットを指さしてきた。

 産業機械の展示会でもらって捨てようとしたヤツだ。

 ふと、他社の技術者との会話を思い出す。


『へぇ~。SEの方ですか。ウチは機械屋だからハードはよくてもソフトが弱いんですよ』


 制御ソフト!

 スマホアプリやPCソフトではない、工作機械や製造機械を制御するプログラム!

 そっちを当たってみるか!


 すんなり試験日が決まり、筆記試験の後


「こちらがこのロボットを制御するコマンドの一覧です」


 目の前に置かれたのは、子供用おもちゃのロボット。

 しかし動かすロジックはかなり複雑だ。

 それでも自分のプログラムを見直したことで、キーボードを叩く指が軽い。


「もう終わったんですか?」


 実際に動かしてみると、どうやらうまくいったみたいだ。


 後日、面接。

 決まった質問が終わると


「それでは入社となりますと新卒と同じように四月からとなりますがよろしいですか?」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 家に帰ると少女は心配そうな顔で待っていた。

 俺は思いっきりバンザイをした。

 少女も一緒にバンザイした。


 お祝いにと高い鶏肉を買ってきて筑前煮を作る。

 しかし少女が身振り手振りでいろいろ口を出してきた。

 ダシの量とか、煮込む時間とか。


 できあがったモノを口に含むと……。

 

「これだ! この味! ばあちゃんの筑前煮だ!」


 ばあ……ちゃん?

 あれは、ばあちゃんの……筑前煮だったのか?


 じ、じゃあ!

 微笑む少女とばあちゃんの顔が重なる。


「う……そ……だろ? だってばあちゃんはおととし……」


 今まで押さえ込んでいた感情が爆発した。


「う……わぁ……うわあああぁぁぁ!」


 滝のような涙が頬をつたった。


 少女は後ろから俺を抱きしめた。


”くにお、かなしいとき、つらいとき、そして、うれしいとき、おもいっきりないていいんだよ”


”で、でも、ぼく、おとこだから……”


”じゃあ、ばあちゃんがだきしめてあげる。こうすればだれにもみられないでしょ”


「ばあちゃぁぁん! おばあちゃぁぁん!」


 それ以来、少女、いや、ばあちゃんは現れなかった。


 ― 三月下旬 彼岸のある日 ―


 父が運転する車中の会話は母の独壇場だった。

 主に俺のことで……。 


「それにしてもお彼岸にアンタがお墓参りしたいなんて珍しいわね。しかも

『もしおばあちゃんが生きていたら今何歳?』

って聞いてくるし」


「……お礼を言う暇が無かったからね」


 そして入社後、同期の新卒からは頼れる先輩扱いされてしまう。

 ある日の休憩室。新卒の子が小説を読んでいた。


「これですか? SEの主人公が死んで異世界へ転生……あ、すいません」

「まぁ俺も、この会社に生まれ変わったようなモノだからな。ハッハッハ!」


 そして表紙を見てあることに気がついた。


(……そうか、ばあちゃん、異世界でエルフになったのか。エルフの八十八歳じゃまだまだ子供だからな)


 完

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無職になってやさぐれていたら、座敷童子ならぬ座敷金髪ロリが見えるようになった…… 宇枝一夫 @kazuoueda

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